■かれんだー■
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31    
<<前月 2021年03月 次月>>
■直近記事 20 ■
■コメント■
■カテゴリー■
■アーカイブ■
■2001-2004年の記録■
■ぶろぐ主宰者■
■ぷろぐらむ拝借■
BLOGNPLUS(ぶろぐん+)
■その他■
 
■あどみん■
ADMIN ID:
ADMIN PW:
 

ナコンサワン旅情(後編)
3月6日と7日の2日間でナコンサワンへ泊りがけで出かけてきた。
その後編(3月7日分)

翌朝
ホテルにチェックインした時には、朝食はないけれど、パンとコーヒーなら用意してると聞いたのだけれど、インスタントのコーヒーはあったが、パンは用意されていなかった。
その代わり、ちいさなケーキ風お菓子が置かれていた。
そのなお菓子とコーヒーを飲んでいたら仔猫がいた。
お腹を空かせているようで、お菓子を少しちぎって与えたら夢中で食べた。
スポンジの部分よりクリームの付いたところの方がネコは好きなんじゃないかと思い、クリームの多い部分を与えてみたけれど、クリームはあまり好きではないようだ。

ケーキを食べるネコ
[もともとケーキが好きなのか、それとも空腹でなんでも食べちゃうのかどっちだろう]

朝はゆっくり目に出発して、最初に向かったのがブンボーラペット。
ブンボーラペットはタイ最大の淡水湖で、渡り鳥の越冬地としてバードウォッチャーに人気のスポット。
6年前にネコと一緒にここで小舟に乗っている。
大きな湖だけれど、水深はそれほど深くないようで、あちこちに島影もあり、そうし場所には薄桃色の蓮の花や、赤ピンクの睡蓮の花が群生していたし、小舟を進めると、無数の水鳥たちが一斉に飛び立ったりして、ネコは舳先に立ってそれを眺めていた。
今回も、そんな光景を眺められることを期待していたのだけれど、前回小舟を雇った場所には、小舟もなければ人影もなかった。
そのかわり、土煙を巻き上げてダンプカーが行き交っていた。

船は結局ブンボーラペットのビジターセンターで借りることができた。
10人は乗れる遊覧ボート。
いまひとつ風情に欠けるのだけれど、安定性と居住性は良い。
さっきのダンプカーもそうだけれど、どうやら猛烈な勢いでブンボーラペットは干拓工事が行われているらしい。
あちこちでショベルカーが土を掘り、ダンプカーが土を運び、ブルドーザーが土を均して、湖沼を埋め立てて行っている。
6年前に見た景色が一変してしまっている。
こんな景色だったら、観光客もわざわざ600バーツも払って舟遊びをしようなんて気にならなくなってしまうだろう。

干拓工事
[どうして環境破壊をしてまで干拓工事が必要なんだろう]

土が剥き出しの岸と、その上は雑草などの生えた干拓地が沖の方まで続いている。
そうしたところにも、蓮の花が咲いていたりする。
蓮は泥の中からきれいな花を咲かせるが、しかし、こんな掘り起こされたり、埋められたりしている場所だと、なんだかかわいそうな感じがする。

蓮の花
[ところどころにハスの群生がある]

もう渡り鳥たちは北の国に帰った後なのか、渡り鳥は見かけなかった。
カワウやコウノトリ、セイケイなどはたくさんいたけれど、一斉に飛び立って、空が見えなくなるくらいに埋め尽くされる光景は見られなかった。

カワウ
[カワウ、コウノトリ、セイケイはたくさんいた]

しかし、こんな自然条件の中で、ワニを発見した。
タイで野生のワニを見たのは初めてである。
前回来た時もワニなど見かけなかった。
こんなに盛大に自然破壊が行われていても、ワニが棲んでいるとは、さすがはタイで一番大きい淡水湖だと思う。
そんなワニも我々のボートが近づくとすぐに泥水の中に潜り込んでしまった。

ワニ
[ワニを発見]

ボートから降りて、野生のワニの次は、飼育されたワニのショーを見ることにした。
ショータイムは11:30からとなっていて、我々がワニ・ショーの開場へ到着した時は、すでに10分ほど過ぎていた。
入場料は30バーツと安い。
会場内は小さな子供連れが多く、そんななか初老に近い中年男子二人で乗り込む。
開始時間は過ぎていたけれど、まだショーは始まっておらず、ワニと格闘するはず係員は、11:45になって登場。
野生のワニと違って、飼育されているワニは巨大で、よく太っている。
しかし、敏捷性はちっとも感じられない。
ショーのハイライトはワニが大口を開いているところへ、係員が頭を突っ込むというものなのだけれど、もともと敏捷性を感じられないワニなので、いまひとつ緊張感が伝わってこない。
ここまでおよそ10分ほど、このあと「観客の皆さん、大きく開いているワニの口めがけてコインを投げ入れましょう」というものになってお終い。
なんだか、30バーツのショーだとこんなこんなのかなって感じだった。
その点では、サムットプラカーンのワニ園で行われているショーは、迫力もあったし、コメディーも効いてて面白かった。

ワニショー
[ハラハラドキドキにはちょっと欠けていた]

ワニのショーのあとは、また49バーツを払って水族館を見学する。
あんまり魚にも興味がある方ではないのだけれど、せっかく来たからと言うので覗いてみる。
土地柄か淡水魚中心で、色合いは地味。
ナマズの種類はたくさんあって、へんてこりんなのも多い。
ハイライトはトンネルのような水槽で、マンタのように大きな淡水エイが天井をのうのうと泳いでいく。
しかし、水槽内の水が濁っているからか、ガラスの仕切りから離れると魚たちの輪郭がすぐにぼやけてしまう。

ドーム式水槽
[もう少し、透明度が高いと良いのだけれど]

水族館の2階には野鳥展示室のようなものがあったので、覗いてみたけれど、作り物の鳥が展示されているだけで、展示スペースもあまり広くなかったので、ちらっと見ただけですぐに退室してしまった。

ブンボーラペットは、残念ながら事前の期待値が大きすぎたためか、ちょっとガッカリな印象であった。

水族館
[水族館の建物は船の形をしている]

フンボーラペットに続いて、ナーン川とピン川の合流地点へ行ってみる。
チャオプラヤ川の発祥地点である。
この合流地点にパーサーンという建造物ができている。
弓なりのデザインで、木材を多用しており、モダーンな印象があるけれど、特別何かがあるといった建造物ではない。
インスタ好きのタイ人ならこれをバックにして写真でも撮るのだろう。

パーサーン
[パーサーンを斜め後ろから見たところ]

昼食にはナコンサワンの旧市街、市場のあるあたりで、レーキーという華僑食堂に目星をつけていた。
マレーシアや香港あたりにありそうな小さな店だけれど、店構えからしても、安くて旨そうなものを食べさせてくれそう。

レーキー
[何の変哲もないお店]

お昼を回った市場街は、閑散として、気怠さが漂っていたけれど、レーキーはほぼ満席に近く、空きテーブルが一つしかなかった。
安食堂ながら、エアコンもあり、店内もきれい。
日曜日の午後だからか、家族連れも何組か来ている。

注文したのはコーシーミーという餡かけ焼きそば。
コーシーミーと言うのは福建語から来ているそうで、漢字で書くと鶏絲麺と書くらしい。
これは好物で、バンコクのモンティエンホテルのコーシーミーを始めて食べた時に感動してしまった。
また、雲吞スープも注文。
そして、この店の料理も間違いなく美味しかった。
値段も高くない、庶民的な価格。
庶民食堂とはいえ、調理人はいい仕事をしている。
前夜の中華もうまかったけれど、昼も旨いものを食べることができて、満足。

コーシーミー
[鶏とタケノコのトロミ餡がかかった焼きそば]

雲吞スープ
[具がタップリのワンタンスープ]

午後からはナコンサワン市内のお寺巡り。
このナコンサワンには、ちょっとした丘が、街の北側にいくつかあり、丘の上にはお寺がある。
何十年も昔、チェンマイからバスでバンコクへ向かってくると、ナコンサワンの街の入り口で、丘の上に金色の仏塔が光っているのが印象的だったことを記憶している。
あれから、何度も見てきているけれど、その仏塔のある丘には今日まで登った経験がない。

ナコンサワンの丘の上にある仏塔
[昔から気になっていた]

最初に向かったのは、ナコンサワンタワー。
丘の上にあり、ナコンサワン周辺を360度見渡せる展望台になっている。
もっとも、展望タワーと言っても高さは32メートルしかないそうだから、わざわざ登らなくては見られない景色などは期待する方が間違っているかもしれない。
入場料はしっかりとられて20バーツ。

ナコンサワンタワー

展望台には先客2人あり。
景色を楽しみに来ているというより、エアコンが効いていて静かだから、二人だけの時間を過ごすために登ってきたと言った感じであった。
展望台からの眺めは、やっぱりわざわざ登るほどのことはなかったという印象。
川の合流地点やブンボーラペットが良く見えれば、フムフムと思うのだろうけど、実際に見えるのは、特徴の薄い大きな田舎町でしかなかった。

ナコンサワンの景色
[特別タワーに登ってみたくなるほどの景色ではない]

このナコンサワンタワーの隣に、昔から気になっていた丘の上の金色仏塔があった。
仏塔はワットチャュラマニーというお寺にあり、タワーから歩くと最初に大仏の横を通り過ぎることになる。
この大仏も仏塔もきっきのタワーから見えていた。

大仏と仏塔
[タワーはエアコンが効いていることが一番の魅力だったかも]

ワットチュラマニーはなかなか俗っぽいお寺であった。
600年の伝統がある古刹ということだったけれど、キンキラキンのお寺で、礼拝堂の中に安置されている仏像の背後には電飾まで施されている。

電飾仏像
[この手の電飾付き仏像はミャンマーでは一般的]

さらにその奥に幅の広い階段が続き、金色の仏塔へ至るようになっている。
仏塔の入口手前に、何体もの仏像が並んでいるけれど、明らかにヒンズー教の神様の像も混じっている。
タイではヒンズーの神々も釈迦の守り神ということになっているから、矛盾はないわけだけれど、アランゴダーイのなんでもアリといったイメージ。

チュラマニーの仏塔
[これがナコンサワンで夜に輝いていた仏塔]

仏塔の下の部分は2階建ての建物になっており、やはり礼拝室を兼ねて、いくつもの仏像が並んでいるけれど、この礼拝室の中でちょっと変わった読経(?)が拡声器から流れて、館内に響き渡っていた。
読経と言っても、ものすごく早口で、まるでラジオで株式市況を読み上げているように聞こえる。
タイのお経だからパーリ語なんだろうけれど、よくもこんなに早口でよどみなく読み上げられるものだと感心してしまう。

超早口のお坊さん
[奥のお坊様が株式市況か競馬中継かと言ったテンポでお経をあげられている]

仏塔の中にはスコータイ風の黄金仏が安置されており、膝の上におろした右手の指の長さが、人差し指から小指まで、横一列に長さがそろっているので、ピサヌロークの仏像によく似ている。
仏像のスタイルも他の仏像が坐禅を組んでいるのに対して、この仏像は降魔印を結んでいる。
そして、仏像の置かれている場所の天井はドームになっており、ドーム一面に色鮮やかすぎるくらいに釈迦の一生が描かれている。

仏塔の中のスコータイ仏
[600年の歴史ある寺院だけど、どこにも古さを感じさせない]

続いて、隣の丘にあるワットウォラナートバンポットへ登ってみる。
ナコンサワンタワーやワットチュラマニーへは車で登ってしまったけれど、こちらのお寺は麓から階段が一直線についているので、階段で登ってみる。

階段にはモザイク風にタイルが貼られており、蓮の花などが描かれている。
登り口の両側にある該当には金色をしたカエルのオブジェがある。
この丘の名前、カオコップ(カエル山)と言うらしい。
どうしてカエル山なのかは、現在まで未確認。

カエルのオブジェ
[カエルのオブジェはこれ以外に巨大なのが境内にあった]

ワットウォラナートバンポットの長い階段
[今回の旅行は階段が多い]

長い階段を上り詰めたところが境内になっていて、やはり金色の仏塔がある。
この仏塔の前後左右に身体が緑色をした坐禅仏が安置されているのだけれど、まるで刺青でもしているかのように身体に模様が付いている。

仏塔と仏像
[模様と言い、色使いと言い、ちょっと違和感のある仏像]

礼拝堂にもいくつも仏像が並んでいて、若い女性たちが拝んでいる。
そして、拝み終わったら、横に置かれた仏像に抱きついて、その仏像を持ち上げようとしている。
確認はしていないが、どうやら、この仏像を持ち上げられたら、願い事が叶うということらしい。
仏像は鉄製のようで、かなり重そう。
タイではよくゾウをかたどった重りを指一本で持ち上げたら願いが叶うってのもあるけど、ここでは仏像を「片腕だけで」持ち上げるってことのようだ。
※ほんとうは2回チャレンジして、1回目に持ち上げられ、2回目は持ち上がらなければ、願いが叶うのだそうです。

抱きかかえ仏像
[たしかに、重たい仏像]

しかし、若い女性が仏像に抱き着いたりして、問題ないのだろうか?

若い参拝者
[ちなみにこの女性は持ち上げられなかったようです]

さて、Iさんがバンコクヘ戻る列車の出発時間が近づいたので、ナコンサワン駅に向かう。

バンコク行きの特急列車は、ほぼ定刻通り16:20にやってきて、Iさんはバンコクへ向かって帰って行った。
私もピサヌロークへ直帰して良いところだけれど、昨日見ないで終わったカオノーのコウモリをやっぱり見ておきたいと思う。

バンコク行き特急
[帰りの特急も珍しく遅れてない]

ふたたびカオノーへ、こんどは一人で向かう。
カオノーに到着したのは5時半。
まだ日没までには1時間ある。
何もしないで待つのも時間がもったいないので、もう一度カオノーへ登ってみることにする。
昨日登っているので、登り方は心得ている。
階段、ハシゴと、ちょっと息が弾むけれど、休憩も取らずに一気に頂上まで上り詰める。
なんと20分で登頂成功。
昨日は麓にしかいなかったサルたちが、今日は頂上にもたくさん出没している。
不意に現れた私に驚いたのか、サルたちが逃げるのだけれど、とんがった岩の先や細い木の枝を軽々と飛び移っていく。
サルたちには高所恐怖症と言ったものがないのだろうか。

山頂付近のサル
[サルたちは何の目的で山頂まで登ってくるのだろうか]

まだ日没には少し早いけれど、山頂で西の空が赤く染まっていくのを眺める。
このまま夕陽が沈むのを頂上から眺めていたい気もするけど、そうすると当初の目的であるコウモリが見られなくなってしまう。
それに、日が暮れて、暗くなってから足場の悪い崖の上を歩くのはおっかない。

山頂からの夕焼け空
[夕陽を背景に立っている仏像と座っている仏像]

6時10分過ぎには下山を開始する。
やっぱり、下りは楽で、15分ほどで麓に到着。
そのままコウモリを見られる場所まで車を進める。

もうすっかり夕方。
車を運転しながら空を見上げたら、もうコウモリたちの飛翔が始まっていた。

コウモリの飛翔
[運転中の車からもコウモリの大群がはっきり確認できる]

車を適当な場所に止めて、コウモリの川を見上げる。
コウモリたちはカオノーの隣り、カオゲーオにある洞窟から噴き出してきている。
ピサヌロークのヌーンマプラーンもすごいが、ここのコウモリたちも数では引けを取らないのではないだろうか?
しかし、残念なのはここのコウモリたちの飛行高度が高くて、ヌーンマプラーンのように手を伸ばせば届きそうな感じにはならない。

夕陽に飛んでくコウモリ
[コウモリの飛翔は延々と続く]

コウモリの飛翔は延々と続き、あたりがすっかり暗くなってしまった。
もう十分にコウモリも見たので、ピサヌロークへ帰ることにする。
ピサヌロークまで150kmほどだけれど、田舎道だし、スピードも60キロくらいに抑えて、のんびり帰ることにする。

2日間ではあったけれど、久しぶりに旅をしたなって感じの旅になった。


| https://chiangmaikk.com/blog/index.php?e=185 |
| | 10:18 AM | comments (0) | trackback (0) |
ナコンサワン旅情(前編)
3月6日と7日の2日間でナコンサワンへ泊りがけで出かけてきた。
ナコンサワンはバンコクとの行き来で、いつも通過している街、この街に前回泊まったのはチェンマイに住んでいた時、2001年10月20日に家族とドライブ旅行の途中に泊まっていることになっている。
今回は、バンコク在住のIさんとナコンサワンの駅で合流してナコンサワンをめぐることになっている。
以前から戦記物好きのIさんに、ナコンサワンには軍馬の慰霊碑があるから行きましょうと誘っていたのが、今回実現することとなった。
Iさんはバンコクから列車で、私はピサヌロークから車で。
待ち合わせ時刻は列車の到着時刻、11:36。

ナコンサワン駅
[ナコンサワン駅は街から随分と離れている]

少しは遅れるだろうと思っていた列車が定刻にやってきた。
さっそく向かうのは、軍馬の慰霊碑。
軍馬の慰霊碑は、ナコンサワンの駅から西に進み、国道一号線との交差点も突っ切り、陸軍の歩兵隊駐屯地の先にある。
ちょうどお昼時ということもあり、地元では評判らしい駐屯地裏門前のクイティオ屋に入る。
なかなか繁盛しているようで、兵隊ばかりかと思ったが、家族連れも来ている。
味もまずまずで、値段も30バーツと手ごろ。

食後に軍馬慰霊碑のあるワット シーサワーン サンカーラームへ。
暑い昼下がりである。
寺院境内には、ほとんど人気がなく、寺の犬ばかりが激しくほえたててくる。
境内奥に軍馬慰霊碑がある。
二体あり、向かって右側が古くからあるもので、左側は1990年に建立されたもので、こちらには碑文もしっかり記載がある。
終戦後、タイにいた日本兵はナコンサワンで武装解除を受けた。
その際に、日本軍が連れていた軍馬も軍装として扱われ、連合軍から射殺を命じられたので、その軍馬たちを慰霊するために、建てられたものである。

軍馬慰霊碑
[1990年に建てられた軍馬の慰霊像]

人気のない境内であったけれども、慰霊碑の周りをウロウロしていたら、たぶん寺院のお世話をしていると思われる女性が現れて、4時になったらご住職が帰ってくるので、詳しい話を聞かせてくれるという。
今日はこのあとカオノーという山へ登ってくるつもりなので、4時まで待っていられないのと、詳しい話をしてもらっても、それを理解しきれるだけのタイ語に自信がない。

その女性によると、以前はしばしば日本人が訪れていたという。
しかし、もう戦後も75年が過ぎ、ここで軍馬たちが射殺されたことの記憶もほとんど消えてしまっているのだろう。
いまでは、ほとんど慰霊に訪れる人はいないらしい。

慰霊碑の後ろに倉庫のような建物がある。
先ほどの女性が、この辺りで以前馬の骨が土の中から出てきたそうだ。
その骨をどこに保管しているのか分からなくなってしまったという。
この倉庫にあるのではないかと聞いたが、そうかもしれないがわからないという。
窓から薄暗い倉庫を覗いてみたらば、馬ではなく巨大なゾウの頭蓋骨が置かれていた。

寺院内には仏塔があり、内部が見学できるというので、見学させてもらった。
とくに軍馬に関する資料は内容だったけれど、先代の住職がミイラになって横たわっていた。

慰霊碑のある寺を出て、国道1号線の交差点手前、陸軍の駐屯地正門に古い小さな戦車が置かれていた。
保存状態もあまり良くないようだけれど、詳細に見て回ったところ車輪に漢字らしきものが書かれているのを発見。
なんども分厚くペンキを塗られてきているために、何と書かれているのか判然としない部分が多いのだけれど、最後の4文字は「株式會社」と読める。

株式会社
[なんという会社名かは読みとれない]

つまり日本製らしい。
ネットでよくよく調べてみると、どうやら戦前の日本陸軍の九五式軽戦車らしい。
この戦車は戦時中に日本からタイ国軍へ納品された戦車と思われる。
もし、日本軍がタイに持ち込んだ戦車だったらば、終戦時の武装解除で破壊されていたはずである。

九五式軽戦車
[案内看板くらい用意してあっても良さそうなものだ]

軍馬は射殺されて、戦車は破壊を免れたとは、運命のいたずらにしては、ちょっと度が過ぎている気がする。

カオノーへは車で走ること30分ほど、このカオノーは昔から気になっていた。
チェンマイからバンコクへ向かって走っていると、平野の真ん中で横一列に並んだ岩山が見えてくる。
岩山に近づくにつれて、横一列に並んでいた岩山が重なりだし、最後は全部が重なり合って一つのとんがった山のように見えるのである。
面白い景色だとは、ずっと思って来たのだけれど、最近になってこのカオノーへ登れることを知った。
しかも、頂上からの景色は絶景らしい。

縦一列に並んだカオノー
[岩山がすべて重なって、一つの岩山になってしまう]

カオノーの入り口にはイチゴ農園があった。
タイでイチゴは、北部山岳地帯のモノと思っていたけれど、このあたりでも栽培しているらしい。
外気温は35℃くらいあるのだろうか、真夏とイチゴ園というのはなんだかチグハグな印象がある。

観光いちご園
[カオノー入口の観光いちご園、イチゴの粒は小さめ]

カオノーの登山口にはワットカオノーというお寺があり、そのお寺の周辺にはおびただしい数のサルが住みついている。
正直なところ、サルはあんまり得意ではない。
サルと相性が良くないのかもしれない。
なんかイタズラをされそうな気がするし、目が合うと飛び掛かってきそうな殺気を感じる。
そんなサルだらけのところを歩いて、山に登るというのは、ちょっといい気持ではないのだけれど、ここのサルたちは、比較的おとなしく、穏健派らしい。
たぶん、このお寺にはたくさんの人たちがサルにエサを与えていて、食べ物が豊富だから、サルも人間との共存が自分たちにとって必須であることを理解しているようだ。

ワットカオノーのサル
[食べ物はふんだんに与えられているようだ]

そんなサルたちの中でカオノー登山を始める。
最初はひたすら階段が続く。
階段は延々と続く。
登れば、登るほど階段は急になってくる。

約700段の階段
[階段は約700段とのこと]

ところどころに、腰を下ろせるような鉄パイプ製ベンチがある待避所が用意されているけれど、ここに座ったらば、さらに登り続けようという意思がくじけてしまいそうなので、休憩も取らずに登り続ける。
同行のIさんには、災難みたいなもので、相当に息が上がっているのがわかる。
「先に登っててくださいよ」と言われ、私が一緒にいると、休憩も取りにくいだろうと思い、一人先に進む。

長い階段が終わり、少しガレ場を歩いた後は、鉄パイプ製のハシゴ段の連続。
このハシゴ段の一段一段がやたらと高い。
そして、このハシゴ段も登れば登るほど、傾斜が急になってくる。
手すりがあるので、両手で手すりを引っ張るようにして、一段一段登っていく。
階段よりもハシゴの方が、短時間に高度を稼げる気がする。

鉄パイプ製のハシゴ段
[一段一段の間隔が広い]

尾根の部分まで登ってこれた。
このあと尾根沿いに山頂まで少しの距離なのだけれど、尾根の部分がとても怖い。
とんがった岩の上を歩くわけだけど、遮蔽物がないので、下が見える。
足元の岩のすぐ横が断崖。
風にでもあおられてバランスを崩したり、躓いたりしたら真っ逆さまだ。
ちゃんと手すりこそあるのだけれど、尾根は日当たりが良すぎるようで、鉄パイプの手すりが火傷しそうなくらい熱くなっている。
それでも、鉄パイプを握らなくては、高さが怖くて一歩たりとも前へ進めない。
パイプの熱さを我慢し、手のひらを真っ赤にしたところで、頂上へ到達。

カオゲーオ
[山頂からは隣に聳えるカオゲーオの峰が見える]

頂上には仏像が2体と、小さなお堂があった。
登ったけれども、まだ高さにビビッて、立ち上がれない。
四つん這いみたいにして、お堂の脇の日陰に逃げ込む。

カオノー頂上
[二体の仏像があり、旗がはためいていた]

しばらく安静にして、高さにも多少は慣れたところで、頂上からの景色を眺めてみる。
なるほど、絶景。
岩の連なりが一直線に伸びている。
麓からの高さは約180メートルほど。
前方と後方に一列ずつ岩山が並んでいて、左右は真っ平らな平地になっている。
さっき登り口にあったお寺も眼下に見下ろせる。
絶景を楽しんでいるうちにIさんも登ってきた。
Iさんに高所恐怖症で、四つん這いになっている醜態を見られなくて助かった。

カオノー山頂にて
[顔が引きつっている]

お堂の中には仏足石があり、コインが何枚も投げられていた。
仏像を含めてお供え物もあったりして、参拝のためにここまで登って来る人もいるらしい。

仏足石のお堂より
[仏足石の置かれた小さな祠の窓から]

登りと比べると、下りは楽である。
あとで膝関節がガクガクになる心配はあるけど、息が上がって苦しいということがないだけ楽だ。

快調に下山して、時刻はまだ5時。
このカオノーでは日没時刻にコウモリが洞窟から飛び立つところも観光名所になっているようで、その見学ができる場所にはたくさんの出店が並び、観光客たちの車が並んでいた。
コウモリの飛翔も見たいけれど、今の時期だと日没は6時半ころ。
まだ1時間半もある。
コウモリは見たいけれど、それより早くシャワーも浴びたいし、ビールも飲みに行きたい。
西日を浴びるカオノーの山並みだけを見て、ナコンサワンの街へと向かう。

コウモリを見学するスポット
[西日を浴びたカオノー]

ナコンサワンでの宿は病院街のような場所にあるグランド ウィサヌ ホテルという古いホテル。
むかしは学校の校舎だったのではないかと思われるような建物だったけれど、部屋の中は普通の安宿であった。

夕食には、ここから徒歩圏の鳳凰酒楼(ホンファー)という中国料理屋で食べることに決めていた。
ナコンサワンは華僑の街だし、この鳳凰酒楼というのは老舗格の食堂らしい。
病院と棺桶屋が並ぶ道をしばらく歩いたところに鳳凰酒楼はあった。
ちょっと見は、営業しているのか閉まっているのかわからないような入口。
タイの中華料理屋なら入口に調理場があったり、アヒルのローストなどがぶら下がっていたりするものだけれど、この店はガラス戸があるだけ。

店の中に入っても、大きなホールがあって、円卓が並んでいるわけでない。
廊下があり、その廊下の両側に個室が並ぶスタイル。
こんなタイプの中華料理屋はチェンマイの謝桐興レストランにも似ている。
個室では宴会が入っているらしく、子豚の丸焼きなどが運ばれていく。
そんな廊下の奥の方にホールと言うか、一般用のテーブルが並んだ部分があり、そこへ案内されるが、我々二人以外には誰も客が入っていない。
エアコンも入れられてなかったけれど、私たちがテーブルに着くとエアコンのスイッチも入れられた。

メニューには写真も入っていて分かり易い。
でも、料金が書いてあるものがほとんどないのが怖い。
タイ語で書かれたものの一部には値段が付いたものがあるが、そうしたものには写真がない。
一応、タイ語のメニューを読んでみると、タイの食堂で供されるようなワン・プレート料理ばかりが並んでいた。

料理を数品にチャーハンやビールを注文。
Iさんはアルコールと唐辛子を受け付けないので、炭酸飲料。
Iさんは香港や中国での駐在が長く、店員に中国語で注文を通そうとしていたけれど、店員の方は中国語などチンプンカンプンのようす。
で、料理なんだけれど、盛り付けもきれいだし、味も良い。
華僑の街の老舗中華だけのことはある。
ちょっと注文しすぎた様で、チャーハンなどは食べきれなかったけれど、値段は心配するほどのこともなく、大変良心的。
ビールも2本飲んだけれど、600バーツ台だったように記憶する。

クワイの炒め物
[これは特に旨かった、タロイモで作った器にクワイとクリなどを炒めて盛り付けてある]

つづく

| https://chiangmaikk.com/blog/index.php?e=184 |
| | 10:18 AM | comments (0) | trackback (0) |
寂しいシャトー・ド・ルーイ
2月28日にルーイ県、プールアにあるシャトー・ド・ルーイへ立ち寄る機会があった。
シャトー・ド・ルーイと言えばかつてタイを代表するワインとして脚光を浴びたことがある。
ちょうどタイでワインがブームとなり始めた20年ほど前になるだろうか。
フランスのミッテラン大統領のお墨付きをもらったという噂もある。
ミッテラン大統領は九州の焼酎「森伊蔵」にもお墨付きを与えており、日本で森伊蔵のブームが巻き起こった。

タイのワインブームは、そろそろワインがタイに定着し始めたこともあり、ワイン、ワインと騒ぐより、インスタなどへの投稿に中心が移り始めている。
いまでもあるかもしれないが、かつてタイではワインは白も赤も関係なく冷蔵庫で冷やしたものである。
そして、タイでのビールの飲み方と同じように、ワインに氷を知れて飲んだりする。
もう、何年も前になるけれど、パタヤへ社員旅行に出かけ、夕食にワインが付いていた。
ホテルはハードロックという外資系ホテル。
しかし、給仕たちのワインの配り方は、ピッチャーでワインを注いで回るというものであった。
そのピッチャーにはワインだけでなく氷もたっぷり入っていた。

タイのような熱帯では、ワインの保管も問題が起きやすい。
以前務めていた会社が閉鎖となり、事務所内を整理をしていたらロッカーから頂き物のワインが出てきた。
たぶん支店長が、隠していたものと思われるが、さっそく栓を抜いて飲んでみることにした。
しかし、ワインはすべて酢になっていた。

しっかりとワインセラーで温度管理しないと、ワインもダメになってしまうのだろう。

シャトー・ド・ルーイをバンコク市内のアトランタホテルのダイニングでいただいたことがある。
このホテルは1950年代に建築されたバンコクで最初にプールのあるホテルとして開業したらしいのだけれど、現在ではバンコクで最も古めかしいホテルだと思っている。
しかし、そこに味があって、私が好きなホテルなのだけれど、そのダイニングも宿泊者以外立ち入り禁止で、騒がしくなく、ムードも良かった。

アトランタホテル
[いい雰囲気です、この日はたしか私の誕生日だったかも]

値段はボトルで確か700バーツくらいだったと思うけれど、すっきりした味わいの白であった。
当時、いまもそうだけれど、バンコクでワインはやたらと高い。
日本ではテーブルワインとして大容量パックやボトル1000円以下のワインでも、平気で高級ワイン並みの値段を取る。
このアトランタホテルは、料理もワインも良心的な値段だった。

シャトー・ド・ルーイはボトルにニワトリのイラストが付いているのもタイらしい。
タイでブドウがどの程度栽培されているのか知らないが、むかしはブドウなど輸入果物で高級品。
当時は国内栽培などほとんどしていなかったのではないかと思う。
隣国ミャンマーでは30年以上前にブドウを食べた記憶がある。

そんなシャトー・ド・ルーイ、ピサヌロークから車で3時間くらい。
タイを代表するワインということもあり、日本人のワイン好きをターゲットにしてシャトー・ド・ルーイのワイナリーとプールアをめぐるツアーなどできるのではないかとも考えた。

国道沿いにシャトー・ド・ルーイの販売所があり、ワインだけでなくルーイ県の土産物などを売っているらしいが、そこは素通りして、未舗装の細い脇道へ入り込んでワイナリーを目指す。

脇道の両側はブドウ畑ではなく、ドラゴンフルーツの畑であった。
そして、脇道の奥にブドウ棚が見えたが、ブドウは枯れて、相当に朽ち果てた印象。

そこから少しの場所にワイナリーはあった。
無人かと思ったら、販売所があって女性販売員がひとりいた。
隣はワイナリーになっていたが、日曜日なのでお休みとのこと。

ワイン工場
[説明板などあり、平日なら見学できそう]

試飲ができるということであったけれど、試飲に供されるのはパイナップル・ワインでブドウ100%のワインは試飲できないらしい。
何種類かのボトルが並べられているし、壁にはシリントーン王女が来訪された際の写真も飾られている。

しかし、この売店も寂れている。
ワインを並べているけれど、エアコンもないので、温度管理ができていない。
白ワインだけは冷蔵庫に冷やしてあるが、赤ワインはたぶん30度を超える常温に置かれている。

荒廃したブドウ畑について販売員に聞いてみると、もう4年前からブドウの栽培はしていないとのこと。
ここで生産しているワインに使うブドウは他から持ってきているのだそうだ。

販売コーナー
[品ぞろえはこれだけです]

国道沿いのショップにはもっと品ぞろえがあるのかと質問したが、「タイ人はワインを買わないので、あまり置いてない」とのこと。
そうそう、見栄っ張りのタイ人はレストランでワインの栓を抜くけれど、自宅でワインを飲む人は少数なのだろう。

かつての栄光はどこへ行ってしまったのかと思うような、没落ワイナリーの印象がある。

あとでシャトー・ド・ルーイに関する最近のブログなどを検索したけれど、あまり良い評価はされていないようだ。

| https://chiangmaikk.com/blog/index.php?e=183 |
| | 12:26 PM | comments (0) | trackback (0) |
PAGE TOP ↑