7月からピサヌロークの下宿の部屋にやって来ていたネコのこと。
私はこのネコのことをチビと呼んでいるが、下宿のオーナーはチャカチャンと呼んでいるそうだ。
チャカチャンとはタイ語でセミという意味。
[ベッドの下には段ボールを敷いて、爪とぎ用にしている]
下宿のネコということになっているけれど、ここの家人たちはネコを飼っているという意識はあんまり無いようで、この下宿で生まれた仔猫なんかも、どこへ消えてしまったのかわからないうちに減っていくし、そのうちまたどこかから拾ってくるのか迷い込んでくるのか、見かけないネコが増えている。
そんなネコたちの中でも、このネコは特に私になついて、夜はほとんど一晩中私の部屋の中にいる。
そんなわけで、私がイギリスへの旅行などで一週間ほど下宿を留守にしている間、ずっとこのネコのことが気になっていた。
私がいない間、下宿のメス猫たちにイジメられてないだろうか、ちゃんとご飯は食べているだろうかと。
結局、そうした懸念は杞憂に終わり、久しぶりで下宿の部屋に戻って数時間後には、嬉しそうにネコは私の部屋へ訪ねてきた。
[もうずっとここに住み着いているような態度]
それからと言うもの、ますます私の部屋から外へ出たがらなくなった。
部屋には砂箱、つまりネコ用のトイレを用意していない。
このネコのトイレは下宿の外へ行って用を足しているらしいのだけれど、夜中など外から大きなネコの鳴き声や悲鳴が聞こえてくることがよくある。
だいたい、ネコがトイレに立って、外へ出た時に他のメス猫と遭遇してしまってのことらしい。
[私の帰りを階段で待っている]
私は8月末にはピサヌロークを引き払い、バンコクへ異動になる。
このネコを連れていくかどうかで悩んだ。
仮に連れて行ったとしても、年明けの1月末にこんどは日本への本帰国が待っている。
タイは狂犬病蔓延国なので、ネコを連れ帰るには検疫関連で厳しく、面倒で、そして時間のかかる手続きが必要になる。
マイクロチップの埋め込み、二回の予防接種、抗体検査、そして180日間の保留期間。
単純計算でも最短で7カ月かかる。
1月末まで5カ月しかないので、タイムオーバー。
日本の空港検疫で不足する2か月間を留め置きさせるというのも不憫。
[部屋の中では警戒心がなくなっている]
日本の検疫所で留め置き以外に、7か月後以降に私が再びタイへネコを迎えに来てやるという方法も考えた。
2か月間、タイの誰かにネコを預かってもらえば、ネコもそれほど不憫な思いをしないで済むのではないかと。
しかし、下宿のオーナーと話をしていたら、そのプランも無理そうだとわかった。
オーナー曰く、このネコは妊娠しているとのこと。
[お腹に子供がいるからか食欲が旺盛]
妊娠しているということは、遅かれ早かれあと1、2ヶ月もしたら仔猫が生まれてくる。
そうなると、その仔猫の貰い手を探さなくてはならない。
ネコをもらってくれる人なんて、そう簡単に見つかるもんじゃない。
探すのに苦労しないんだったら、真っ先のこのネコを飼ってくれる人を探しだしている。
仔猫まで日本へ連れて行くのはさらに困難。
生まれてすぐにチップを埋め込んだり、ワクチン接種と言う訳に行かないし、小さな仔猫から抗体検査用の血液採取も危険。
1年くらいかかってしまいそう。
[私のネコもよくこんなお道化たポーズをしたものだった]
調べてみると、ネコは出産するまで中絶手術を受けさせることが可能らしい。
人間のように何か月と言う縛りがないとのことだが、子供が大きくなってからの堕胎は、大きな手術になってネコの負担も大きいらしい。
それに、中絶などさせることは、私としては大変不本意。
胎児の処分だって、ゴミ箱へと言う訳に行かない。
バンコクへの異動まで、あと1週間を切って、にっちもさっちも行かなくなったけれど、ネコは私の下宿の部屋を安住の地と心得てしまったようだ。
このところは出産準備のためか、タンスの中とかにやたらと入りたがる。
これはネコの本能なんだろう。
結論は8月26日に出た。
私がネコをもらってくれる人を困難だけれど、タイと言う土地ではお金さえ出せば買えないものはないとさえ言われている。
お金を出してネコを飼ってくれる人を探してもらった。
この仲介者へ5千バーツ。約2万円少々。
ピサヌロークのような田舎町では、これでもちょっとした金額。
しかし、たぶん中絶手術の費用と同じくらいだろう。
そして、飼ってくれることになった人にも5千バーツということで、簡単にネコの行き先が決まってしまった。
[受け渡し場所のオフィスまで車に乗る]
斡旋された人はまだ学生で、ピサヌロークの隣りビジット県にある実家はネコ好きで10匹近く飼っているという。
ちょっと不安ではあったけれども、もうタイムリミットが近づいている。
彼を信じて、ネコを託す。
当面一週間は毎日ネコの写真を撮って送ってほしい、その後も時々連絡がほしいと書面に書いて渡す。
実家と言うのは農家だそうで、そこには彼の兄と母がいるそうだ。
だいぶ奥の方に入ったところで、ピサヌロークから100キロ近くも離れているが、彼はネコをナップザックに入れてバイクで実家へと走って行った。
[彼が新しい里親になってくれる]
本当に大丈夫だろうかと、気になって仕方がない。
無事着いたとかの連絡の一つもほしいところだけど、催促して良いモノだろうかと悩む。
夜になってから、ネコの写真が送られてきた。
[新しい環境に放り込まれ、びっくりしたような顔をしている]
次の日も、日曜日ではあったが、ネコのことが気になって休んだ気がしない。
夕方になっても連絡がなく、イライラも募ってくる。
こっちから電話をかけたけれど電話に出ない。
お金で飼い主探すなんてダメだったんだろうか、お金だけもらったら知らんぷりなんだろうかと余計な方向へ考えが行ってしまう。
夜になって、やっと写真一枚が送られてきた。
「これから夕方までに写真を送ってほしい」と依頼する。
[少しは落ち着いてきたようだ]
月曜日、まだかまだかと待っていたら5時頃になって写真が届く。
いちど訪ねて行って、実際この目でどんな家で飼われているのか、他のネコたちとの相性はどうなのかと確認さえできれば私の精神状態も落ち着くんじゃないかと思う。
[こうしてみるとなかなかの美ネコだ]
火曜日は、午前中に写真が届く。
他のネコとも、仲良くやっているとのこと。
だんだん新しい環境にネコは慣れていってくれているようだ。
むしろ私の方がネコのことで振り回されないようにしないと。
[なんだか寝ぼけたような顔をしていて、光の加減か目が青くなっている]
水曜日、名前はカプチーノになったそうだ。
少し白みがかった茶色だからだろうか。
名前まで付けてもらったからには、もうすっかりそこのネコに成り切っているのだろう。
中絶まで考えたりしたけど、子供が生まれたら見に行ってみたいと思ってしまう。
[これはまだ下宿にいた時の写真]