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出直しタイ北部ドライブ
3月24日(日)、前回の失敗に懲りずにまたタイ北部へ向けて出直しの出発となる。
これまでの三日間の間で車とバイクの売却手続きを進めてある。
売却にはパスポートや労働許可書のコピー以外に領事館からの在留証明も用意しなくてはならない。
この在留証明が結構高いのに車とバイクそれぞれに一枚ずつ必要ということらしい。
それともうタイでの時間が限られているので、タイ北部と言っても行ける場所は限られている。
前回はメーホンソン県を南部のメーサリアンから北部のパーイまで縦断したかったのが、その手前のターク県メーソットから濃き返す羽目になってしまった。
メーホンソン県の縦断に未練はあるけれど、メーソットとタークの間、ミャンマーとの国境伝いのドライブを優先して、3月27日までの3泊4日というコンパクトな日程となってしまった。
ルート的には、バンコクからナコンサワン経由でピサヌロークで1泊目、その後スコータイからトゥーン、ホートと山道を走ってメーサリアンで2泊目、メーサリアンからミャンマー国境のモエ川は右手に見ながらメーソットを抜けてタークで3泊目、最後はまっすぐバンコクへ南下して、夕方には車を中古車屋へ持ち込んでお別れと言う次第。

今回はナコンサワンからのビデオ中継も組まれており、朝早めにバンコクを出発する。
もうなんどこの北へ向かうハイウェイを走ったことだろう。
思い返せば、チェンマイに住んでいた時も、バンコクとの間をビートルで往復していた。
まだ、ハイウェイの拡張工事中で、渋滞したり路面の悪いところがたくさんあったりしていた。
それが今では片側4車線の区間もあって、制限速度も120kmになっている。

ナコンサワンの入り口近くにタイ陸軍の駐屯地があり、その門前に小さな戦車が置かれている。
この戦車は旧日本軍の95式軽戦車で、戦中、戦後とタイ軍で起用された後、この門前に展示されているのだと思うけれど、ナコンサワンには終戦後に日本兵が集められた場所であり、そして日本軍の軍馬たちが見せしめのように殺されたのもこの場所。この駐屯地の裏にある寺院にはそうして死んでいった軍馬たちの慰霊碑があるけれど、もう参拝に訪れる人もほとんどなくなってしまったようだ。

95式軽戦車
[ハイウェイの交差点からも見える]

ナコンサワンの北側にはちょっとした丘があり、丘の上にはスコータイ時代に建立されたとされる寺院がたち、また展望台もあって、タイ中北部の平原を見渡すことができる。
今回のビデオ中継はこの丘の上の寺院、ワットキリウォンから行う。
番組開始前にやって来て即興でロケハンをして、ストーリーを考える。
ここは見晴らしがいいので、ここから下界を見せようとか考えても、スマホアプリのビデオだと下界が小さくなりすぎ、また細かなものはボヤけて良く写らない。
ズームなどの機能もないから、ピン川とナーン川の合流してチャオプラヤー川になる地点を見せたくても、肉眼でははっきり見えるのに、スマホのスクリーンには映っていない。

それでも何とか中継を済ませた。
ちょうど中継中にも紹介したのだけれど、この寺院から少し下ったところにミャンマーの人たちが集まってお祭りのようなことをしている。

ミャンマー人のお祭り
[タイでこんなに楽しそうにしているミャンマー人を初めてみた]

ミャンマーの偉いお坊さんも来ているようで、タイの祭り同様ににぎやか。
歌や踊りがあり、お坊さんへの寄進式があったり、食事がふるまわれたり。
これでも神聖な仏教行事なのでお酒などは出ない。
私もこのミャンマー人たちに招き入れられて、いっしょにミャンマーの料理をご馳走になる。
豪華ものなどないけれど、モヒンガーやミャンマー・カレーなどを食べさせてもらった。

モヒンガー
[モヒンガーはミャンマーのソウルフード]

午後、ピサヌロークへ入る。
日本へ帰るにあたり、私のネコを火葬してくれたお寺にもお参りしておきたかった。
この寺の隣にあるアパートにいたときにネコを死なせてしまった。
アパートの部屋の窓からはいつもこの寺の黄金色をした屋根が見えていた。
毎朝、このお寺で手を合わせるのが日課だった。
これでしばらくはこのお寺へお参りに来ることができなくなってしまう。

ワットチャンタワントク
[大伽藍はまだ完成していない]

アパートにも立ち寄ってみた。
女主人はいたけれど、アパートのネコたちには会えなかった。
とくにウォッカと呼ばれていたオスネコには会っておきたかった。

3月25日(月)、ピサヌロークのリタイ・ゲストハウスでお気に入りだった塩魚のチャーハン(カーオパットプラーケム)を食べる。
このチャーハンは本当にうまい。
よその食堂で塩魚のチャーハンにはめったに出会わないけれど、他店でこれまでに旨いと感じるものを食べたことがない。
このチャーハンに限らず、ここの食事は何を食べても美味しかった。
こんな朝食が付いてシングル一泊が380バーツと言うのもとてもお値打ち価格だと思う。
当世400バーツ以内の安宿だって珍しくなっているのに、朝食まで付くなど、もう他にはないのではないだろうか。

塩魚のチャーハンを食べてすぐに出発。
西に走ってスコータイの遺跡を迂回するバイパスからトゥーンへと入って行く。
スコータイ遺跡をもう一度見ておこうと言う気にはならなかった。
あんまりにもたくさん行き過ぎて、今更一人で遺跡を見て回っても白けた感じになりそうだった。

コガネノウゼンの並木
[バイパスにはコガネノウゼンの並木]

トゥーンへの道も拡張工事があちこちで行われている。
こんな田舎に4車線道路など必要なのだろうかと思ってしまうが、この手の物流インフラへの投資は大切なはず。

トゥーンで国道1号を横切り、旧街道をリーへ向けて走る。
いまのスーパーハイウェイができる以前は、この峠道がチェンマイへのメインルートだったことは梅棹忠夫の東南アジア紀行に描かれている。
メインルートとは言っても、いまから70年前は川にも橋が架かっていないような道だったそうだ。
今でも峠道は九十九折れの険しい道で、どうしてトンネルで抜かないのだろうと思ってしまうような道。

リーからは旧道からも別れてホートへ向かう。
このルートはむかしチェンマイに住んでいた時に通ったことがあるはずで、途中でドイターオという湖があり、家族で来て遊んだ記憶がある。
しかし、道そのものに関してはまったく記憶から消えている。
それでGoogle Mapを頼りにハンドルを握ったのだけれど、マップの指示に従って走っていたらなんだか変なところで行き止まりになったりする。

ドイタオあたりで
[ドイターオ周辺でのスナップ]

ホートからはチェンマイとメーホンソンを結ぶ国道で、一本道だからもうマップに頼らなくても問題ない。
メーチェム川沿いの道は川遊びをさせる場所が続く。
清流ではないけれど、海から遠いこのあたりでは、この暑い季節はこうした川沿いが人気の行楽場所になっているのだろう。
水遊び場所ではないが、沿道にはオップルアンという渓谷があり、タイ人はタイのグランドキャニオンと呼んでたりする。
このオプルアンにも家族で遊びに来たことがある。
そにな回想をしながら先に進むと、道端の草むらが燃えている。
乾期によく行われる焼き畑なんかではなく、外気温が暑すぎての自然発火のようで、白い煙が立ち上っている。
3月も末となり、タイが1年で最も暑い季節を迎えている。

PM2.5
[この煙で気管支を傷める人が多い]

メーホンソン県に入ると見事なライステラスが見えてきたりする。
しかし、それも一瞬で通り過ぎ、森林の中を走る。
木々は葉っぱを落としているし、下草は乾燥し、そして燃えて灰となっているので、森林の中でも薄暗いということはない。

道路上の看板に温泉ありと言うものがあった。
国道から10kmほど逸れたところに温泉があるらしい。
ハンドルを右に切って温泉へ向かってみる。
山の中に無理やり筋を引っ張ったような道で、簡易舗装はされているものの、急カーブと急こう配のアップダウンが続く10kmだった。
そしてドンづまりのようなところに小川が流れ、吊り橋が架かっている。
車で渡れるような橋ではないが、対岸の斜面が温泉施設になっているようなので車から降りて吊り橋を渡ってみる。

秘境の湯
[吊り橋の向こうに温泉がある]

誰もいないようだったけれど、管理人の男性がやって来たので入浴したい旨を伝える。
時刻はもう4時半だし、日も陰り始めている。
携帯電話の電波も届かなくなっている。
電気だって通じているかわからない。
でも、お湯は湧いている。
浴室は木造の建物だけれど、浴槽はセメントと石で作られたちょっとしたプールくらいの大きさがある。
浴槽の内側にはタイルが張られている。
この大風呂にお湯を貯めるのにしばらく時間がかかった。
お湯と水の太いバルブがあり、熱いお湯が盛大に流れ出てくる。
そのまま入るには暑すぎるので水のバルブも開くが、もともと外気温が40℃近くもあるので、水のバルブから噴き出すのはぬるま湯であった。

もったいないくらい大きな湯船
[浴槽は深さもあって、プールみたいだ]

ここも単純泉だけれど、こんなに大きな風呂に入れるとは嬉しい限り。
お湯が暑いので数分も入っているとのぼせてしまう。
洗い場とかはない。
風呂場の床も木製。
しばらくベンチに腰掛けて一休みし、また熱い風呂に入る。
先日のメーソットの温泉も良かったけれど、このメーサリアン奥地の秘湯も良かった。
バンガローもあり、宿泊もできそうだけれど、車と言う足がなかったらとても来れるような場所ではないから、もと2度と来ることはないのだろう。

設備は超質素
[西洋人のオフロードバイクツアーで立ち寄ることがあるようだ]

ふたたびおんなじ道を走って、国道に抜けてメーサリアンへ向かったけれど、後になって地図を確認したら、吊り橋のかかる小川沿いに道は続いていて、そのまま行けばやはり10キロほどで直接メーサリアンの町へ出られたようだった。

ライステラスの夕焼け
[空気が埃っぽい方が夕焼けは赤くなる]

メーサリアンの宿ではドミトリーという相部屋で予約したけれど、その晩は私以外に宿泊客がいなかったようで、2段ベッドが並ぶ部屋を個室として独占することができた。
今回のドライブでは、調理器具と食材を車に積み込んできたので、ご飯を炊き、キャベツを炒めて夕食とした。
宿の女主人から「味はどうか」と尋ねられたので、「美味しいよ」と答える。

メーサリアンの入り口
[メーサリアンの町はミャンマー色が濃い]

夕食後に外をフラフラと歩く回る。
小さな町だけど、夜市のようなものがあった。
田舎の夜市らしく、売っているものは生活用具が中心。
古着や携帯のアクセサリーなんかも売っている。
でも、賑わいはほとんどない。

川沿いにはゲストハウスなど外国からのツーリスト向けの施設があり、また少し高級感のある宿もあった。
以前と比べてメーホンソン県を訪れる観光客はだいぶ減っている印象。
昔は県都のメーホンソンまでチェンマイからの飛行機が何便も飛んでいたし、メーホンソンの首長族居住地を訪ねるツアーは人気があった。
でも、今では首長族にはチェンマイ近郊の観光施設でも会えるし、バンコク周辺へも進出しているらしい。
ゾウに乗ってのトレッキングも敬遠されている。
動物愛護優先で、ゾウ乗りは虐待とみなされている。
しかし、もっと大きな要因は、格安航空便が影響しているのではないだろうか?
バンコクからチェンマイへは、多数の航空会社が就航し、安売りの切符も出回っている。
そのため、タイ北部のチェンマイへは以前より多くのツーリストが手軽に訪れるようになった。
そして、それは手軽過ぎて、お手軽ではないメーホンソン県が相対的にも、絶対的にも、ツーリストから関心を持たれなくなってしまったのではないだろうか?
タイ人も車を持つようになり、バスなどの公共交通機関を利用する人が減って、バスの便が不便になっている。
チェンマイとメーホンソンを結ぶ飛行機もなくなってしまっている。

3月26日(火)、早朝の路上に托鉢僧の姿があった。
朝もやの中にオレンジ色の袈裟が進んでいく。
ときどき立ち止まって喜捨を受ける。

メーサリアンの托鉢風景
[木造の家並が続くメーサリアンの朝]

宿の前に米屋があったので、米を少し買う。
おと数日のタイでの暮らしだけど、数日間を食つなぐには米が足りなくなってていた。
いつものようにタイ米にもち米を買ったけれど、陸稲も売られていたので、陸稲も1キロほど買う。
このあたりの陸稲は、食感も味も日本米によく似ていて、美味しい。
そして、タイ米よりも値段が安く売られているのが嬉しい。
たくさん仕入れたいところだけど、数日間では食べきれない。

ミャンマー風の寺院
[メーホンソン県の寺院はミャンマー風のものが多い]

メーサリアンからメーソッドへ向かうルートは、モエ川を国境としてミャンマーに接している。
そして、20年前に通った時の経験では、モエ川の浅瀬を渡って簡単にミャンマー側へ越境できた。
そうして渡ったところの丘の上に水さな寺があったのを覚えている。
それとミャンマーからの難民キャンプが道沿いに延々と続き、鉄条網で居留地は囲まれていたけれど、難民が外へ出るのは比較的自由だったようで、路上を歩く難民が目についたものだった。
そうした沿道風景がどうなっているのか楽しみだ。

メーサリアンを出て、モエ川近くに至るまでは、峠道になっており、急な坂道が連続する。
アクセルを深く踏み込まなくては登れない。
ノロノロ運転、時速30キロくらいで進んでいると、次々にピックアップトラックに追い抜かれる。
中には国連のマークを付けた4輪駆動車もある。
沿道はジャングルのような密林が続き、やはり野火でくすぶり、煙が立ち込めているところがあるけれど、新しくできた開拓村もある。
そうした開拓村では山肌の木々は消えて、丸裸になっている。
土がむき出しの斜面にはトウモロコシが栽培されているようだ。
ときたま、すっかり禿げ上がった丘の上に寺があったりする。

はげ山
[雨が降ったら表土は簡単に流出しそう]

カレン族であろうか、道端を歩く人の姿もあった。
薄汚れているけど、独特の色遣いをした衣装を着ている。
荷物の背負い紐は肩ではなく、額に回していて、カレン族の特徴を見せている。
むかし、初めてタイへ来て、チェンマイからメーサリアン回りのメーホンソンへ向かうバスの車窓から、こうして道を歩くカレン族の姿が印象的だったことを思い出す。
最近では山岳少数民たちも、お祭りとか特別な時以外に民族衣装を着ている姿を見かけなくなり、視覚的にはタイ人に同化してしまっているけど、やっぱり辺境には昔ながらの生活習慣の中で暮らす人がまだ残っているようだ。

道端で出会ったカレン族
[小さな子供も荷物を運んでいる]

長い峠を越えてモエ川沿いに出た。
タイ側からモエ川を渡って、ミャンマーへ越境できそうな雰囲気ではない。
その代わり、ビューポイントのような施設ができていて、モエ川の景観を眺められるようになっている。
川を渡ることこそできないけれど、川沿いにミャンマーの人たちの姿を時々見かけた。
何人もの人が集団で川の中に入って作業をしている。
魚を取っているようにも見えなくはないけれど、なんとなく違う。
砂金を取っているのかもしれない。
でも砂金が良くとれるのなら、タイ側の人も砂金取りをしていそうなものだけれど、川に入っているタイ人の姿は見られない。
タイ人にとっては、ここで砂金を探すよりほかに現金収入を得る道があるのだろうけど、ミャンマーの人にはこれ以外に現金を得る道がないということなんだろう。

モエ川に入って作業をする人たち
[砂金取りだろうか]

昼食はこのあたりでは比較的大きな集落のターソーンヤーンという町で探した。
田舎町ということもあって、食事ができそうな店がなかなか見つからない。
蚤の市のような屋台が集まった広場もあったけれど、売っているものは日用品が中心で、あとは串焼肉や練り物のフライなどの食べ物か名前だけのカフェで冷たい飲み物を売っているくらい。
ここではミャンマーから川を渡って買い物に来る人も多いようで、ミャンマー語の表示が目立つけど、ミャンマー料理を食べさせるような食堂があれば、立ち寄ってみたかったけれど、結局ありきたりのタイ屋台飯しかありつけなかった。
町の名前、ターソーンヤーンは「2本のゴムの木の港」とい言う意味だから、きっとミャンマー側とを結ぶ渡し船でもあるのかとモエ川沿いをたどってみたけれど、渡し場のようなところはなかった。
ここのミャンマー人たちは、きっと渡し場とか関係なく、自由に川を渡ってきているのかもしれない。

この町から先は少しモエ川から離れたところの道となる。
その道沿いにはミャンマーからの難民が暮らす居留地が現在も続いていた。
むかしと比べると規模は少し小さくなったような気もするが、枯れ葉で葺いた屋根の家屋が道沿いに密集している。
鉄条網で仕切られているがところどころに通用門のようなところがあり、監視小屋で係員が暇そうにしている。
難民キャンプではあるけれど、もう何十年も経ているので、居留地内には学校や教会などがあり、コミュニティーとして自立しているらしい。

難民キャンプ
[たぶん数万人は暮らしていると思われる]

再びメーソットの街の入り口まで来て、温泉へ立寄る。
先日も来てとても気に入ったのだけれど、これでバンコクへ戻って車を売り払ってしまうと、もうタイで温泉巡りを気軽にできなくなってしまうだろう。
乾期で刈り入れが終わった田んぼを眺めながら、木の風呂桶に入浴はとても気持ちが良かった。

ポーンカムラーム温泉
[日本人に好まれそうな温泉だ]

最後の晩はタークのメーピン川沿いの宿に泊まった。
宿の部屋に冷蔵庫がなかったので、コンビニで氷を買ってきてビールを冷やして飲む。

3月27日(水)、宿は宿泊料に朝食が含まれていたので、簡単なブッフェ朝食をいただく。
パンと粥はあるけれど、サラダなどの野菜は並んでいない。
日本ではタイ料理にヘルシーな印象を持っている人もあるようだけれど、タイ人一般の食生活はあんまりヘルシーではないと思う。

タークからのスーパーハイウェイを順調に走り、夕方前にはバンコクへ戻る。
アパートに荷物を降ろしたらそのまま中古車屋へ車を持ち込んで、16年も足として貢献してくれたヤリスを手放す。
最近は中古車がだぶつき、また中国製の電気自動車の割引販売が盛んなので、あんまり良い値段はつかなかったけれど、16万キロ近く走った車でも、買い取ってもらえるのは助かる。
こうして売れるということは、また次のオーナーの手に渡ってかわいがってもらえるという事だろう。

タイでの愛車ヤリス
[こいつにはたくさんの思い出を作ってもらった]

車と併せて、バイクも一緒に売り払う。
当初提示されていた金額から、さらに半額に負けさせられてしまったけれど、もう交渉している時間もないので、妥協する。
クラッチの交換が必要になっていたし、あちこちからオイル漏れを起こしていて、ほとんどジャンク級の状態だったから引き取ってもらえただけでも儲けもの。
日本へ持ち帰れたら、レーシング・レプリカモデルなので、もう少し良い金額でさばけたかもしれないけど、これも時間切れ。

NSR150
[こいつも良く走ってくれた メーターは10万キロ近くまで回ってた]

という訳で、車とバイクを中古車屋へ持ち込むためにアパートから2往復した。
しかも、中古車屋からアパートへは、歩いて戻らなくてはならず、ラマ9通りを汗を流しながら2度も歩いた。

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失敗、タイ北部旅行
バンコクに戻って、3月14日にはオンラインツアーをチャチュンサオのワット・ソートンから中継する。
このワット・ソートンはゴシック建築の聖堂を思わせるような尖塔をもつ寺院で、参拝者の多さではタイでもトップクラスの有名寺院。
ただ、有名なのはタイ人の間で有名という意味で、日本人にはあまり知られていない。
日本人の場合、チャチュンサオを知っている人は少数だけれど、チャチュンサオにある「ピンクのガネーシャ」だけは有名になっている。
おのお寺は門前市場が面白かった。
参拝者目当ての土産物を売る屋台の集まったような場所なのだけれど、このワット・ソートンでは参拝者は卵を寄進して願い事をすることになっているそうで、やたらと玉子が売られている。
数十個単位のケースでみんな買って行っているけれど、お寺の方では寄進された卵をどうしているのだろうか?
とても坊さんたちだけで食べきれる量ではないし、参拝者へ茹で卵にしてふるまっている様子もない。
考えられるのは、卵を市場の業者へ下取りに出しているのではないだろうか?
どこの有名寺院でも門前でお供え用の切り花を売っているけれど、仏像へお花を供えたらすぐに係員が来て花を回収している。
本来なら大量の生ごみが寺院から出されるはずだけれど、そうな様子はないので、きっとまたお供え花販売業者に払い下げているのだろう。

ワットソートン
[ワットソートンはタイ人の間では大変有名なお寺]

卵以外に、これはこのあたりの名物なのだろうけど、カノム・ジャークと言うのがたくさん売られている。
これは笹の葉状の椰子の葉で餅米とココナッツで作った餡を包み、炭火で焼いたもの。
味は炭火焼なので香ばしくて、甘い餅米がなんとなく和菓子にも似ている。
市場内を歩いていると、売り子によく声をかけられる。
中には試食をさせてくれる屋台もある。

3月18日 (月)、タイでの生活もあと2週間を切って、ほんとうにもうこれが最後になるはずなので、タイ北部へのドライブ旅行に出る。
予定では、ウタイタニ県のサモートン温泉経由で、ナコンサワンとカンペンペット県境にあるドークラック・リゾートに一泊、それからミャンマー国境のメーソットに泊まり、ミャンマーとの国境になっているモエ川沿いに北上して、メーホンソン県のメーサリアンに宿泊、メーサリアンの次はメーホンソン、チェンマイと北部をぐるっと回って来るプランを考え、チェンマイまでのホテルは事前にネットで予約をしてからバンコクを出発した。

初日のサモートン温泉もドークラック・リゾートも、ネコとの思い出の場所。
サモートン温泉はウタイタニの奥地にある湖の中島に湧く天然温泉で、以前はバンガローがあって宿泊もでき、なんどもネコと一緒に出かけたものだ。

サモートーンの湖
[湖と言っても農協用貯水池ではあるが、静かに湖畔であることには変わりない]

週末は温泉のある中島ではバンガローが満室のことが多く、温泉近くの農家がやっている小屋に泊まったりもした。
しかし、このバンガローは数年前から閉鎖されてしまった。
どういう理由かわからないし、建物も残っているけど、宿泊ができなくなっている。
キャンプはOKだけれど、キャンプをするような趣味はない。
そして、農家の小屋での宿泊も、廃業してしまったようで、サモートン温泉への宿泊ができなくなっている。
入浴施設はまだかろうじて健在で、直径が1メートルくらいの丸い湯船のある個室浴場を利用できる。
湖畔の温泉で、周囲の景色も良いのだけれど、温泉浴室には窓がないので、景色を眺めながらの入浴という訳にはいかない。

シャンプー
[硫黄分などがないのでシャンプーも泡が立つ]

ドークラック・リゾートは、ネコと実質最後の旅行になった場所で、本来ここに宿泊する予定ではなかったのが、バンコクからピサヌロークへ向かう途中で寄り道し過ぎて、やむを得ず一泊した場所。
もともと宿泊する予定にしていなかったので、十分な量のキャット・フードを持っておらず、夜になったらもうネコが食べられるものがなくなってしまっていた。
荒涼とした土地で、民家もほとんどないし、商店もないからキャットフードなど売っているような場所もない。

ドークラックリゾート
[ドークラックリゾート]

周囲が真っ暗になってから飛び込んだこのモーテル風の宿には、ネコたちが何匹もいた。
そして、そのネコたちのキャットフードを少し分けてもらって、私のネコは飢えをしのぐことができたいという縁があった。
今回は日没前にドークラック・リゾートへ到着。
宿の周辺、歩いて行けそうなところに食堂などはなく、宿にも食堂はないが、庭に東屋がある。
その東屋で持ち込んだ調理器具と途中の市場で買った食材を使って夕食を作って食べる。
この宿に何匹もいたネコたち、いまは一匹しか残っていないそうで、その一匹も、人見知りする性格らしく、私の前に姿を見せてはくれなかった。

3月19日 (火)、朝食にはやはり前日に市場で買ったマンゴーやパパイヤを買っておいたので、それらを食べる。
パパイヤはタイの在来種で、やたらと巨大で、長くてイメージとしてはスイカサイズのズッキーニ。
色合いはオレンジの部分と緑の部分が混ざり合ってて、あんまりきれいな感じはしない。
最近では田舎でしか見かけなくなってきており、バンコクあたりではハワイのパパイヤに似た品種が主流で、サイズも1キロくらいの重さまで、色はオレンジ色の一色とだいぶ見た目が改善されている。
しかし、田舎のパパイヤは、ちょっと臭くて癖があるけれど、食べ慣れると美味しい。
そして安い。

果物の朝食
[]

ドークラック・リゾートを出発して、国道1号線に合流する交差点の近くでマプラーンを売っていたので買う。
マプラーンはマンゴーをぐっと小さくしたような果実で、見た目はビワに似ている。
しかし、種はビワと違ってむしろプラムに似たような種になっていて、種の周りの果肉は繊維質になっている。
このマプラーン、タイ人は皮を剥かずに食べる人も多い。
あまり大きくない実なので、いちいち剥くのが面倒なのだろう。
でも、やっぱり剥いて食べた方が美味しい。
あと、このマプラーンの改良種で、もう少し大きなマヨムチットという果実もある。
味の方は、マンゴーに似ていながら、マンゴーより上品だとされ、バンコクあたりでは高値で取引されたりするけど、この交差点で売られているのはバンコクに出荷して値が付くような上物ではないので、値段も安い。
そして、いちいち皮を剥くのが面倒に感じられるような代物。

マプラーン
[街道沿いで買ったマプラーン]

国道1号線から左に折れてメーソットへ向かうところでバンジャークというガソリンスタンドに入る。
私はこのバンジャークのメンバーになっていて、ここで給油するとガソリン1リットルに対して1ポイントのポイントが付く。
このポイントを貯めると、バンジャークのクーポンなどと交換できる仕組みになっている。
もっとも、5ポイントで1バーツ相当だから、大したことはない。

そのバンジャークのガソリンスタンドに併設されているのがインタニンと言う名のカフェ・チェーン。
インタニンとは紫色の花を咲かせるオオバナサルスベリとかバナバと呼ばれる植物(木)のこと。
そのインタニン・カフェでもバンジャークのクーポンが使えるのだけれど、クーポンとは関係なく、アユタヤ銀行のメンバー特典で、たぶん1か月に一回くらいの無料のカフェ・クーポンが利用できるようになっているらしいので、今回はその特典を利用してみる。

注文したのはアイス・タイティー。
むかしはタイの屋台なんかで出されていたアイス・ミルクティーなんだけれど、最近のカフェブームに乗って、このローカル飲料も人気急上昇。
煮出して濃いめに淹れた紅茶に練乳と砂糖をたっぷり入れたもので、色はオレンジ色をしている。
もともと私はカフェなんかへ入る趣味がないし、この手のアルコールを含まない飲み物にお金を出してまで飲みたいと言った感覚がないから、これまでほとんどタイティーなど飲んだことがなかった。
今回は無料クーポンが使えるので、試しということで一杯もらってみる。
大きめのカップの中には大量のかち割り氷を入れて、そこに濃いめの煮出し紅茶と練乳(甘くなかったのでただのミルクかもしれない)を注ぐ。
ガロシロは入れないでもらった。
甘くないので、むかし屋台で飲んだドロドロに甘いタイティーとは別物のような味になっているけど、氷がまだ解けないうちはや66gueaf[q['s[ たらと濃いので、しばらく放置して、氷が解け始めてから飲むのが良さそうだ。

タイティー
[最近はなんでもプラカップになっている。数年前のプラスチック削減プロジェクトはどうなったんだる]

メーソットへの峠道、以前はミャンマーへ物資を運ぶ海洋コンテナのトレーラーが列をなして走っていたけれど、ミャンマーのコロナ後も軍事政権への反発で経済がマヒしているからか、トレーラーの数がめっきりと減っている。
そんな峠の途中に、ムソー族と言う山岳少数民の市場がある。
数年前までは道端の粗末な小屋が並んでいるだけの場所だったけれど、繁盛したのか大きなマーケットへと変わっていた。
売り物はムソーの人たちの栽培している野菜類が中心で、山岳地ならではの野菜や果物が目立つ。
値段もバンコクあたりの半額程度と大変安い。

ムソー族の市場
[数年前に比べてずいぶんきれいになった]

メーソットではまずモエ川の国境市場へ行ってみる。
ここからは翌日またオンライン・ツアーの中継を予定しているので下見をしておく。
現在、タイからミャンマーへ陸路で国境を越えられるのはタイ人とミャンマー人で通行証を持つ人だけに制限されており、日本人含めて外国人は渡れない。
そのせいか外国人の姿は中国人さえ見かけない。
ミャンマー人は盛んに行き来している。
国境の橋を渡って来るだけでなく、橋の下には渡し船もある。
モエ側は大きな川できなく、また周辺の景色が美しいという訳でもない。
むしろゴミが散乱していて良い環境ではない。
そのモエ川の近くに国境市場がある。
売っているものは衣類から家電、宝石までデパート並みの品揃えだけれど、どこにも高級感などない。
ミャンマーのモノも売っているけれど、中国製の製品が目立つ。

モエ川の市場
[大きな市場だけど寂れた印象がある]

この国境市場よりも川沿いに遊歩道みたいな歩道があり、川側が鉄条網で張られている。
私はモエ川の中心がタイとミャンマーの国境線だと思っていたのだけれど、どうも国境は川の東側に寄っているらしく、この歩道の端が実質的な国境らしい。
鉄条網で仕切られた先、モエ川までの川べりにもバラックが立ち並びミャンマー人が住んでいる。

ミャンマー人の生活空間
[この土地はミャンマーなんだろうか?]

そんな歩道に沿って戦後の闇市のような古材を寄せ集めて作った露店が並んでいる。
売っているものは洋酒やタバコが中心。
ワインやウイスキーばかりでなく、タイのビールもたくさん売られている。
それらはタイでの市販価格の半額ぐらいの値段になっている。
店はミャンマー側にあるのでミャンマー価格、または免税価格となっているのだろうけれど、タイ側に向いてタイ人向けに売っている。
堂々たる闇貿易、密貿易、税関逃れ、、、こんなことが許されてよいのだろうか?
国境警備はちゃんと巡回している。
しかも、物々しい自動小銃まで持っている。
でも取り締まっている様子はない。

武装した国境警備
[いでたちは物々しいけど、乗り物がスクーターと言うのがアンバランス]

売り手と買い手の値段交渉は鉄条網越しに行われ、交渉がまとまると買い手は国境越しにタイバーツの現金を売り手に手渡す。
これも国際送金ということになるのだろうか?
そして売り手は商品を黒いビニール袋へ入れて買い手に手渡す。
黒いビニール袋へ入れることで、中に何が入っているのか見えないようにして、一応は買い手が密輸品を持っていることをカモフラージュしているけれど、こんなに堂々とやっていると、黒いビニール袋をぶら下げている人は、密輸品を持っていることを示しているようになってしまう。

白昼堂々の闇市
[こんな密貿易が黙認されているのが不思議]

こんな密輸商店とは別に、スイカや手長エビなどを売る店もある。
これらもミャンマーから持ち込まれたものだろうと思われるけれど、タイでは見かけないような巨大スイカが売られている。
ミャンマーではこんなに大きなスイカがあるのだろうか。
タイとミャンマーでは気候が似ているので、ミャンマーでできる農作物ならタイでもありそうだけれど、タイでは見たことがない。
ひょっとしたら中国からミャンマーを経由して運び込まれたものなのかもしれない。
手長エビはタイにもいる。
しかし、大きな手長エビはとても値段が高い。
ミャンマーではまだ天然の大手長エビがたくさんいるのかもしれないし、養殖にしても人件費が安いのだろう、タイの価格と比べてだいぶ割安で売られている。
市場の近くにはそうしたエビや海産物を食べさせる食堂があった。

ミャンマー産農水産物
[巨大なスイカと巨大な手長エビ]

宿はメーソットの住宅街の中のゲストハウス。
ここにチェックインする際に問題が発生した。
宿泊登録にパスポートを提示しなくてはならないのだけれど、カバンの中にパスポートが入っていない。
パスポートはいつもカバンの内ポケットに入れて持ち歩いているのだけれど、その内ポケットのチャックが開いたままになっている。
パスポートの出し入れ以外で内ポケットを開くことはまずないはずなのに、どうしたんだろう。
宿には事情を説明してチェックインだけはさせてもらうが、部屋に入っても気になる。
前年にイギリスへ行った時にも同じカバンの内ポケットに入れておいた非常金袋がなくなっていたことがあった。
それはたぶん大英博物館の周辺をお上りさんよろしくボケっと歩いていた時にすられてしまったんではないかと思うのだけれど、その時のことが思い起こされる。

メーソットの夕陽
[パスポートの有無など関係なく日は沈む]

この期に及んでパスポートがなくなるといろいろと不便なことが起こる。
日本へ帰るのにも面倒が起きるし、これからやるべきタイの年金手続きや車の売却などにも大きな支障が出てくる。
まったく困ったものだ。
このままタイ北部の旅行を続けるのも不可能判断して、翌日以降の宿をキャンセルする。
予約サイトからの前払い予約のため返金は望めないけれど、先方にも迷惑をかけるのでキャンセルの手続きだけはしておく。

3月20日 (水)、バンコクに戻ることにする。
本来ならパスポートを紛失したのがメーソットなら土地の警察署に届けて、紛失なり盗難の証明をもらうべきなのだけれど、バンコクにパスポートを置き忘れてきた可能性も捨てきれないので、警察への届け出はしなかった。
その代わり、せっかくメーソットまで来て国境だけ見て帰るのではもったいないので、近郊の温泉へ足を延ばしてみる。
車で30分ほどのところにお湯が湧いている。
メーソッドの温泉には昔チェンマイへ住んでいたころに一度立ち寄ったことがある。
当時はまだ入浴施設など整備されておらず、温泉卵を作れる程度だった気がするが、今回立寄ったらばなかなか洒落た入浴施設ができていた。
個室ではなく、広い屋根付きの施設の中に木製の風呂桶がずらりと並んでいる。
お湯は各自が勝手に湯桶に流し込むと言う形で、洗い場などはないけれど、簡素なシャワールームが別にある。
朝早く行ったけれど、すでに先客が気持ちよさそうに入浴中。

メーソットの温泉
[この風呂桶はタイで作ったんだろうか]

建物自体は屋根はあるけれど壁がない吹きっさらし。
つまり、周りの景色が見渡せる露天風呂とおんなじ。
片面は駐車場を向いているので、景観は良くないけれど、反対側は田園風景が広がっている。
正直なところとても気に入った。
お湯の泉質はたぶん単純泉なのか無色無臭。
その日の源泉は温度が51.3℃と表示されてて、水でうめないと熱くて入れない。

源泉かけ流しの半露天
[源泉かけ流しの半露天]

バンコクには日が暮れてから戻り付いた。
そして、ベッドの横には赤いパスポートが置かれてあった。

パスポートはあった
[私バカよね~]

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最後のイサーン 後編
1月17日(水)、お母ちゃんはまたパートンコーがー食べたいというので、町中へパートンコーを探しに出かける。
前回買ったパートンコーは高かったので、もっと安いのはないかと探したのだけれど、なかなか見つけられず、随分と歩き回ることとなった。
やっと市場のはずれで数個のパートンコーが売れ残っているのを発見し、買い求めて宿へ戻る。

この日の行程はメコン川沿いにルーイ県のチェンカーンまで。
最初に立ち寄ったのはシーチェンマイ。
メコン川を隔てて対岸にビエンチャンをのぞむ田舎町。
川沿いのビューポイント近くにお寺があり、お堂は白く塗られていながら、壁面には青い陶器や陶片が埋め込まれており、なかなか瀟洒な印象。
このお寺も最近のインスタ人気を狙っているのだろうか?
残念ながら私は気に入ったけど、まだインスタには火がついていないようで、ひっそりとして境内では犬たちが昼寝をしていた。

シーチェンマイの白い寺
[インスタ狙いの寺院が増殖中]

昼食はシーチェンマイの国道沿いにあるベトナム料理屋でネームムアンをいただく。
日本風に言えば生春巻きなのだけれど、生春巻きの皮の大きさはシュウマイの皮くらいしかない。
なので、ネームと言う竹輪のような練り物や菜っ葉などを詰め込んで巻くにはちょっと小さすぎる。
むしろサニーレタスでネームを包み、それに添えて食べる方が食べやすい。
ウドンタニにはVTレストランという大きなベトナム料理チェーンの本店があり、そこでの看板メニューもネームムアンとなっている。
タイでベトナム料理と言ったらこのネームムアンなんだろう。
日本では米粉ヌードルのフォーがベトナム料理として有名だけれど、タイにあるベトナム料理屋ではフォーを見かけることはあまりない。

シーチェンマイのベトナム料理屋はとてもローカルな店で、値段も安い。
そして美味しい。
特にピーナッツ風味のソースやチリソースがとても美味しいので気に入っている。
難点はエアコンのなくて大通りに面して開放されているということ。

昼食のあともメコン川沿いにドライブ。
メコン川も川幅広くゆったりと流れているだけではなく、浅くて岩場だらけのところもあったりする。
どこかに本流となって、深さのある場所もあるのかもしれないが、岸から見ているとまるで岩場に堰き止められ、干上がりかかっているかのような印象を受ける。
こんな状態でも水運として利用されているのだろうか?
中国が上流にダムを作ったのでメコンの水量が減っているとも聞いている。

メコン川の岩場
[日本なら鬼の洗濯板とでも名付けそうないわば]

チェンカーンでの宿は中心部近くのバーントーファンという民泊のような宿。
以前にも何度か泊まったことがあり、ここの女性オーナーの気遣いがいいので気に入っている。
宿と言うより、民家で、部屋の中の家具なども普段使いのモノに見える。
でも、掃除は良くされており、チークの床などは磨き上げられすぎて、くつ下で歩くと滑って転びそうだ。

日没をメコン河畔の寺院から眺める。
チェンカーンは夜のウォーキングストリートが観光の目玉になっていて、人気が高いのだけれど、お母ちゃんと歩くと、三分の一も歩かないうちに足が痛くて歩けないということになってしまった。
夕食は宿近くの食堂で食べる。
外国人旅行者に人気のある食堂のようで、値段は安めだし、料理の味も悪くない。
主人がひとりで切り盛りしているためセルフサービスで、出来上がった料理は自分でテーブルへ運ばなくてはならない。
店内には日本人男性が一人いて、隣のテーブルで食事をしているタイ人女性二人組に盛んに話しかけていた。

メコンの夕陽
[ちょっと遅れて落日は見えなかった]

1月18日(木)、チェンカーンでのおすすめ観光場所のひとつがプートーク山からのご来光。
とくにこの季節だと下界に雲海が広がって荘厳な景色が楽しめるのだけれど、お母ちゃんは「別に見なくてもイイ」と言って行きたがらない。
私は飽きるほど見てきており、それでもお母ちゃんに見せてあげたいと思っていたけど、行きたがらないものを連れ出しすと碌なことにならないことは経験上百も承知なので、プートークのご来光はパスすることにした。
そのかわり一人でメコン川沿いの夜明けを見に出かけた。

朝の遊歩道にて
[川沿いの遊歩道でネコを発見]

チェンカーンでは、プートークのご来光の人気が高いけれど、街中での行われる早朝の托鉢風景も観光客に人気が高い。
しかし、観光客に人気が高いということは、観光化されているということで、托鉢喜捨体験としては面白いかもしれないけれど、むかしから続いてきた托鉢風景を期待しているとがっかりさせられてしまう。
実際、托鉢などタイなら毎朝いたるところで見られる光景だと思っている。
市場でパパイヤを買って朝食とする。

托鉢
[フィルムカメラCANON AE-1で撮影]

チェンカーンからピサヌロークまでならその日のうちに行きつける距離だけれど、各駅停車並みにのんびり行程とする。
本日はチェンカーンと同じルーイ県のプールア泊まり。
車で走れば半日行程。
チェンカーンを出てしばらくはメコン川に沿って走るが、タイとラオスの国境はチェンカーン・スカイウォークがあるあたりまではメコン川が仕切っているが、その先はナムフアンという小さな川が国境になっている。
その川沿いに走っていたら右に曲がったらノーンプーと書かれた標識が出ていた。
ノーンプーがどんな所かわからないけれど、時間もあるので立ち寄ってみることにした。

ノーンプーはタイのどこにでもあるような眠ったような田舎集落。
やはりナムフアン川のほとりにあるのだけれど、その川の対岸にラオスの村が見える。
見た感じではノーンプーよりも大きそうだし、小さい川だからそのまま歩いて渡れそう。
川岸からしばらくラオス側の村を眺めていた。

ノーンプー村からラオスを見る

再び国道に戻りそのまま先へ進んでみたらラオス側へ渡る橋への案内標識が出てきた。
その橋の方へとハンドルを切る。
お昼時で日差しが強い。
国境の橋は川の小ささとは対象的に大規模な出入国税関施設があった。
車を止めてイミグレーションでここからラオスへ遊びに行ってくることができるかと聞いたらできるという。
橋は歩いては渡れないので、駐車場で待機しているトゥクトゥクを雇うようにとのこと。
ラオスへ行けるとなれば行ってみたいのだけれど、行った先に何があるのか何も情報を持ち合わせていない。
でも、とにかくトゥクトゥクに乗って対岸へ渡ってみる。
この程度の川には不釣り合いなほど立派な橋を渡ったラオス側は埃っぽくてなんにもない。
あるのは貧弱な国境市場くらいで、歩き回って面白そうなところはなんにもない。
どうやらこの国境は街からだいぶ離れたところにあるらしいことはわかった。

国境にて
[国境の橋は徒歩では渡れずトゥクトゥクを雇う]

また小型トラックを交渉して借り上げ、街までの往復を依頼した。
街に何があるかを聞いたところ、ここより大きな市場があり、食堂もあり、お寺もあるということだった。
舗装はされているけれど埃っぽい道路で丘陵地帯をしばらく走ると、なるほど少しは大きな市場に到着した。
トラックにはここでしばらく待ってもらい市場周辺で食事ができそうなところを探す。
国境の町の市場と言っても、売っているものは雑貨と生鮮食品、衣類や農機具など。
食事ができるような施設はなかなか見つけられない。
地元の人たちは薄暗い市場の中の簡易食堂で何やら食べているけど、いっしょになって食べようと言う気にならない。
一人ならまだしも、お母ちゃんと一緒なので拒絶されることは火を見るより明らか。
市場を抜けてたところにゲストハウス風のコテージがならんだ宿泊施設があったので、食事の提供をしているのではないかと入ってみたけれど、食事どころか営業をしているのかさえ疑わしく、施設内にはだけもおらず、食堂らしいところは埃だらけであった。

ラオス側の市場
[ほこりっぽい市場]

しばらく歩いた先はロータリー式の交差点があり、そのわきに食堂があった。
できますものはラオスの料理。
カオピヤクというラオス風うどんもあれば、ガパオライスもある。
私はカオピヤクと蒸かしたもち米を注文。
お母ちゃんはガパオライス。
カオピヤクの味は、いまひとつだったけれど、もち米のボリュームはすごかった。
タイでもち米を注文しても量はほんの少ししかくれないが、ここでは500グラムくらいあるんじゃないかと思うくらいの大盛りで出してくれた。

昼食後は村のお寺へ連れて行ってもらった。
お堂の屋根の上にはドークソーファーというラオスの寺院独特の飾りが乗っかっている。
なかなか立派なお寺であったのだけれど、お寺の裏へ回ったら川かが流れている。
そしてどこかで見覚えのある景色が広がっている。
何のことはないさっき立ち寄ったノーンプー村ではないか。
お金と時間をかけてさっきの場所から数十メートル先へ来たことになる。

ラオス側からノーンプー村を見る
[お寺の裏からノーンプー村が見える]

お寺周辺は住宅街になっており、小さな商店なども何軒かある。
そんな店でラオスのビールを数本仕入れて土産とする。
しかし、この村の人たちはいったい何を仕事として働いているのだろうか?

ラオスの村
[眠ったように静かな村]

トラックの運転手さんによると毎朝早くこの市場からルアンプラバーン行きのバスが出ているとのこと。
そういう話を聞くと冒険心がそそられて、乗ってみたくなるけど、今回はお母ちゃんが一緒なので無理。
次の機会に挑戦してみたい。

ラオスからタイへ戻り、ナムフアン川からも離れて山の中へ入る。
山の中の景色は良く、坂が急だったリハするけど快適なドライブでプールアに到着。
今夜の宿はプーパーモクバレーリゾートという宿。
谷に面していて景色は良いけれど、どうもほかに宿泊者はいないみたい。

夕暮れ
[宿のテラスでラオス土産のビールを飲む]


1月19日(金)、谷に面している宿なので、下界に雲海が出ていないかと期待したけれど、雲海は見当たらなかった。
宿泊費には朝食が含まれているとのことだったのでにしていたけれど、宿泊客が私たちだけだったからか、タイ式のお粥とインスタントコーヒーだけだった。
そのお粥を周囲が見渡せるテラスで食べた。
日中は真夏並みに暑いけれど、朝のうちは涼しくて気持ちがイイ。
今日の行程も実走行時間は二時間半程度しかないのでのんびり。
お昼ギリギリになってチェックアウトする。

宿の庭
[宿の庭もリゾート風にきれいなんだけど]

ダンサイ村のピーターコン寺へ立ち寄る。
お母ちゃんとは15年くらい前にピーターコン祭りを見に来たことがある。
今回は祭りのタイミングではないので、ワットポーンチャイ寺の境内に置かれたピーターコンのお面をつけて記念撮影などだけを楽しんだ。

ピーターコンの仮面
[毎年お祭りに来てたピーターコン]

昼食はダンサイ村で比較的気に入っているソムタム屋に入る。
ここも色々と紹介されたのか村での人気店となって、観光客が増えてきている。
私たちが入った時も狭い店内はお客さんが何組も入っていた。
ソムタムなどの料理は確かに美味しいし、庭も綺麗なんだけれど、家族経営でやっていて、増えてきたお客に手が回らなくなってきているようだ。
以前と比べて愛想もなくなってきている。

ルーイ県からピサヌローク県に入り、山中にある塩井戸の集落に立ち寄る。
例年塩井戸で製塩は乾期から暑期にかけて行われるのだけれど、今年はまだ塩づくりが始まっていなかった。
2月になったら始めると村の女性は言っていた。
ここも以前と比べて整備が進み、観光客用の展示物なども配置するようになっているけど、まだまだメジャーになるためには改善の余地がたくさんある。
展示して見せるだけではなく、体験させるとかが欲しいところだ。

塩井戸
[塩井戸、珍しいし、もっとメジャーになってもいいはずなんだけどね]

この日の泊りはナコンタイにあるモーテル。
夕方前に到着したため、宿の管理人はどこかへ外出しており、電話で呼び出さなくてはならなかった。
タイではこの手の宿泊施設のことをリゾートなどと呼んでいるけれど、保養施設とは無縁の商人宿。
宿泊客の多くがピックアップトラックの荷台に商品を乗せた行商人たちである。

夕食は宿近くのタイ風のパブレストランで食べる。
名前はリムナー・レストラン。
リムナーとは田んぼ脇と言った意味。
確かに周囲は田んぼに囲まれている。
田舎でも少し金回りのいい人が食べに来ているせいか、お値段はちょっと高め。
この店の名物の「海鮮入り玉子鍋」みたいなものを注文。
これは二人で食べるには量が多すぎた。
エビやイカなどが入った巨大茶碗蒸しみたいなもので、茶碗ではなく「鍋」だから、食べても食べてもなかなか減らない。
タイの茶碗蒸しも日本の茶碗蒸しも味は似たようなもので、酒のつまみにはならないし、そんなに量を食べられるものでもない。

この食堂には何匹ものネコたちがいて、時々テーブルの下を駆け回ったりする。
不本意ながら半分以上食べ残してしまい、店を出た。
夜空には星がたくさん輝いていた。

火鍋風茶碗蒸し
[この量を二人で食べるのは不可能だ]

1月20日(土)、本日もオンライン・ライブを担当する。
しかも朝早くからのスタートのため、夜明け前に出発する。
チェックアウト時刻は昼なので、それまでにまた戻って来るつもりだから荷物は置いたまま。
中継場所はプーヒンロンクラー。
この周辺は人工的に植えられたヒマラヤザクラが数万本もあり、ちょうど花を咲かせているタイミング。
朝5時半に宿を出て、約1時間ほどでロンクラー村に到着。
村の中には日本のサクラよりも色が濃い、ピンクのヒマラヤザクラがあちこちで花を咲かせており大変に美しい。
この景色を村の中を歩きながら中継した。
村の中でホームステイしている人やキャンプをしていた人、そして早朝からやって来た人で山の中の村はお祭り騒ぎになっている。

桜咲く村
[フィルムカメラCANON AE-1で撮影]

観光客相手の露店も稼ぎ時。
海苔巻きサンドウィッチのフライみたいなものを売っていた。
これはどんなものかと言うと、海苔巻きの酢飯の代わりにサンドウィッチ用の薄切り食パンを使ってレタスやツナなどサラダ巻のような具材を巻く。
パンの外側は海苔。
直径5センチ以上になるパンを使った太巻き油で揚げている。
これにトマトケチャップを付けて食べさせるという。
味の方は、悪くはなかったけれど、タイ人は変なものを考え出すなと思った。

ライブ中継をしながら車を走らせ、ドーククラダートの花が咲くキャンプ場へ向かうが、途中で電波が切れてしまったりした。
ドーククラダートを日本語に訳すと「紙の花」で、まるで紙でできた造花の花のようにカサカサした花びらを持つ可愛らしい花で、ピンクや黄色など色とりどりに咲き乱れている。
また急な斜面に飛び出した巨大な岩も迫力がある。
とくに今の時期だとドーククラダートが巨石の周りに花畑のように咲いて取り囲んでするので見ごたえがある。
ドーククラダートだけでなく、奥の方ではツツジも赤紫の花を咲かせていた。
サクラやツツジなど、日本とは違った季節に花が咲く。

ドーククラダート
[絵本の中の世界みたい]

プーヒンロンクラーから宿へ戻ってチェックアウトし、次はヌーンマプラーンへ向かう。
ここでは日没時のコウモリの飛翔をお母ちゃんに見せてやりたいと思っている。
しかし、まっすぐドライブすれば2時間ほどの距離なので、途中で寄り道をしたりノロノロ運転をしたりする。

コウモリを見る前にはバーンムンの洞窟寺院にも立ち寄る。
このあたりはタイの桂林と自称していて、石灰石の山がタケノコのようにニョキニョキと生えている。
それも隙間なく密集して生えている。
そんな石灰質の山なので鍾乳洞も多い。
このバーンムンの寺の奥にも鍾乳洞があり、内部に仏像を祀っている。
日本の鍾乳洞だと色付きの光を当てて演出したりしているけれど、この寺院の鍾乳洞にはそのような演出はない。

バーンムン寺の鍾乳洞
[こういう鍾乳洞こそ色を当てればインスタを狙えるのに]

6時になってコウモリ展望台に人が集まって来た。
タイ人だけでなく西洋人のグルーブもいる。
日没を迎え、西の空が夕焼けとなって間もなくコウモリたちの飛翔が始まった。
石灰の山から噴き出してくる煙のようなコウモリのたちは、次々に流れの向きを変える川のように夕焼け空を西の方角に向かって流れ飛んでいく。
展望台にいる人たちも歓声を上げたりしながらスマホでコウモリの飛翔を追うのに夢中になっている。
たぶんこの情景は誰でも感動してしまうのだろう。
コウモリと言うと薄気味悪がる人も多いけれど、ここで見上げるコウモリはとても幻想的。
コウモリの飛翔は延々と続いていたけれど、太陽が完全に沈み、空が暗くなってしまったら肉眼ではコウモリが飛んでいるのが見えなくなってしまった。

コウモリ
[今夕もコウモリが飛んでくれました]

泊りはピサヌロークのリタイホテル。
私の定宿。
ホテルの中で簡単に夕食を済ませてから、タプティムクローブを食べに行く。
ピサヌロークのオフィスの裏路地に夕方からオープンする氷菓子屋はタブティムクローブが美味しいことで有名。
お値段は少し高めだけれど、いつもお客さんがいっぱい入っている。

タブティムクローブ

[ここのは確かに美味しい]

翌1月21日にはバンコクへ戻る。

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