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チェンマイでのバカンス
7月23日から28日までの6日間、チェンマイに滞在してきた。
仕事ではなく、休暇。
タイはこの時期仏教関係の休みと国王誕生日が重なって、休日が続いている。
飛び石で、完全な連続ではなかったものを政府が臨時休日を設定して、長い連休としていた。
しかし、それも長い連休で国民が動き回るとコロナが拡大する懸念があると、急遽取り消してしまった。
と言うわけで、飛び石連休ということになっていたのに、今度は会社都合で、休暇を取るようにと指示が来た。
会社を閉めて、経費節減と言うだけのことで、休みは各自の年休消化などを充てるようにとのことであった。
私は、年休の前に振替の休日が溜まっていたので、この消化を優先し、本来の連休よりも1日早くから休みに入った。

連休でチェンマイと言うのも、急遽決めたものだか、事の始まりは月初めにチェンマイへ出張し、ついでにインペリアル・スポーツクラブへ泊まった時から、連休に滞在したいと思っていた。
でも、その頃は連続休暇がとれるかどうかなどわからない状況だったし、会社の業績も極めて悪く、そんななかで遊びに出かけているのも気が引けて、心を決めかねていたけれど、会社側から年休消化でも無給休暇でも、とにかく休むようにと言う一方的な指示が出たので、直前になって予約を入れた。

前回インペリアル・スポーツクラブに来た時に、コロナ禍ということで、破格な宿泊料金が出ていることを確認しており、それでいて50メートルプールなどの施設もあれば、周辺には何にもない、自然だけの環境と言うのも気に入っていた。
最初に4泊分だけ予約を入れていたのだけれど、4泊で2,000バーツににもならない格安料金。
地図で見ると、ホテルから西に3キロほどでホイトゥンタオというチェンマイ郊外の貯水池がある。
この貯水池近くにはサイクリングロード兼用のジョギングコースがあり、むかしチェンマイに住んでいたころ、よくここでジョギングをしたり、長男に自転車の乗り方の特訓をしたものである。
コースは5キロほどで、なだらかながらアップダウンも適度にある林間コースなので、走っていても気持ちがいい。
それと、細部に関しては記憶があいまいになってしまっているが、2004年に飼っていた小鳥のピョンコとも来たことがある。
あの時は、少しの間ピョンコを鳥籠から出していたのだけれど、ピョンコは急に飛んでしまい、数十メートルほど先の柵まで行ってしまった。
それまでピョンコは外で飛んだこともなく、きっと自分でもびっくりしていて、どうしていいかわからなくなっているはず。
ここで急に近づいていったら、またびっくりしてさらに遠くへ飛び去ってしまいそうなので、そおっと、そして「ピョンコ」「ピョンコ」と名前を呼びながら近寄って、つかまえたものだ。
そんなことも、懐かしいし、滞在中の毎日のジョギングに最適である。
宿の予約をしてから数日間、チェンマイ行きが楽しみであった。

出発前日、チェンマイ支店から電話があり、システムのことに関してちょっと野暮用ができてしまった。
もともとは、朝ゆっくり出発しようと思っていたけれど、午前中にチェンマイ支店に立ち寄って、用件を片付けてしまうこととしたので、夜明け前の出発となった。
まだ暗く、車の往来も少ない国道でピサヌローク郊外へ出て、途中のインドシナ交差点で左折すべきところを、うっかり直進してしまい、さらにまた交差点で入るべき道を間違えたりして、ずいぶんと無駄を食ってしまった。
スピードは控えめ、80キロ前後で走り続ける。

チェンマイ市内には午前10時ころには到着し、昼前までには用件も終わってしまう。
これで数日間は仕事から離れて、バカンスとなるわけ。
ランチをチェンマイ市内のレモンツリーで食べる。
コロナで客足が減っていると思われるが、レモンツリーの店内に活気が感じられない。
注文したのは、チューチー・プラムック・ヤッサイというイカのひき肉詰め赤カレー煮。
レモンツリーで食べたいと思っている料理は、これとあとは空芯菜フライのヤム。
でも、今日は一人でのランチなのでイカ詰めだけにする。
それでもボリュームがあり、ライスをお代わりすることとなり、満腹となった。
お代は182バーツなので、安くはない。
イカ詰めが140バーツだったようだ。

チューチープラムックヤッサイ
[チューチー・プラムックヤッサイ、小ぶりのイカに豚ひき肉が入っている]

ナコンピンコンドで、ここに住んでいた当時、長男と同じ年の男の子がいて、名前をノートと言った。
ノートの家族は、コンドに住み込みで掃除などの仕事をしていた。
当時お父さんはたしか米国領事館の警備員もしていた記憶がある。
弟はノーンムーと言った。
そのお父さんとナコンピンコンドの駐車場でばったり会った。
子供たち二人は、すでに大きくなって仕事についているとのこと、そしてチェンマイで暮らしているとのことだった。
お父さんは、むかしとくべると随分と老けて、やつれた印象になっていた。
あの頃は私も30代だったわけで、そういうことはお互いさま。
私自身も、時を超えた鏡をノートの父親の姿を通じて見せつけられたような気がした。

昼過ぎにインペリアルリゾート・スポーツクラブに到着。
今回は休みの期間中ずっとここに巣ごもりしている予定。
どこかへ出かけたり、外食なんかもせずにいるつもりなので、宿の部屋の中で自炊をする予定。
電気鍋や炊飯器、調味料などは車に積んで持参した。
野菜などの食材はチェンマイに入る手前、ランプーンのハイウェイ沿いにあるマクロで買い込む。
ビールも宿に入る前に雑貨屋で調達。
ホテルの冷蔵庫なので、サイズが小さくて、要冷蔵と思われる食材を詰め込むのに苦労する。

食料置き場
[本来ミニバーになっていたのだろうが、調味料食材置き場にする]

この連休中にある祭日の一つが、カオパンサーという仏教関係の祭日で、カオパンサーは日本語では雨安居と言って、僧侶が雨季の間、寺院にこもって3か月間の修行を始める日とされている。
暗い寺院の中の明かりとして、信者たちはお寺に蝋燭を寄進するのが習わしで、カオパンサーは蝋燭祭りとも言われている。
つまり、雨季がこれから本格化するタイミングで、スコールはまだあまり来ないけれど、雨雲は厚く空を覆って、太陽の強烈な日差しを遮ってくれる。
さらに、ときどき思い出したように小雨も降ったりするので、5月くらいまでと比べると随分と涼しい。
気温も30度を大きく越えることはなく、朝晩の気温は25度くらいまで下がるので、運動をするには快適な気候と言える。

ホテルのアプローチ
[ホテルのアプローチ、本来は私のような貧民向けリゾートではない]

夕方前に早速ホイトゥンタオのコースまで行って走ってくる。
コースを一周するだけでも、コースまでの往復に距離があるので、都合10キロ以上走ることになる。
むかしは農業用水路沿いの田舎道だったところが、片側二車線のハイウェイになっていた。
その道沿いには厩舎があり、小柄の馬がたくさんいた。
このあたりはほとんどが軍の土地で、国境の山岳地帯での警備に使う軍馬の養成場になっている。
ハイウェイは大型のトレーラーやオートバイも頻繁に走ってくるが、派手なウエアを着こんだスポーツ自転車のグループも多い。
タイはもう何年もこうしたスポーツ自転車のブームが続いている。
もっとも、こうした自転車はスポーツとファッション用で、実用的ではなく、日本のように近所への買い物に自転車を利用するといった習慣はタイには根付いていな
い。

馬
[たくさんの馬たちがいる]

ジョギングコースにも、運動をしに来ているチェンマイ市民が車やバイクでたくさん来ていた。
在住の西洋人や犬の散歩に来ている人もいる。
このコースでもスポーツ自転車は多かった。
ジョギングをする人と、自転車ではレーンが分けられ、自転車は時計回りにコースを走り、ジョギングは反対周りとルールが決められている。
むかしは細い若木ばかりだったけれど、今では木々も育って、コースの左右は森のようになっている。
ジョギングで走っている人は、男性もいれば女性もいるけれど、若い人はあんまりいない。
自転車の人たちが派手なウェアであるのに対して、ジョギングの人たちが来ているシャツは、◯◯マラソン大会などと書かれた、たぶんどこかのマラソン大会の参加時にでも配られたシャツを着ている人が多い。
走り方は、のんびりとしており、私が走るのよりもゆっくりとしたペースの人が多く、私は途中で何人ものランナーを追い越すことができた。
小学校の頃の運動会で徒競走などではビリばかりだった私としては、こんなジョギングでも追い抜くことができるとなんだかうれしい。

ジョギングコース
[コースはよく整備されてて走りやすい]

1時間半くらいで宿に戻って、こんどはプール。
前回来たときは、久々の50メートルプールだったこともあり、最初は泳ぎ切れないかと思ったほどだったけれども、以前は毎週バンコクの泰日運動場の50メートルプールで泳いでいたので、すぐに感覚を取り戻すことができた。
それでも、楽々と言うわけにはいかず、クロールでも最初の20メートルくらいは息継ぎなしで泳いだのが、後半になると4かきに一度は息継ぎをしなくては、苦しく感じてしまう。
そして、50メートル先にたどり着いた時は、息もゼーゼーになってしまう。
ここのプールでは、宿泊者だけではなく、外部の利用者もいるようで、水泳の指導員がタイムのチェックなどをしていた。
大学か軍隊の水泳の選手なのだろうか、私が50メートルを泳ぐ間に彼らは2往復くらいしてしまうほど泳ぐのが早い。
泳ぎ方も力強いし、プール際でゼーゼーなんてこともなく、華麗なターンで決めてしまう。
私はふたたび小学校の運動会で味わった屈辱に逆戻りである。
それでも、10往復、1,000メートルを1時間近くかけて泳ぎ切りることができた。

50メートルプール
[リゾートホテルらしからぬ、オリンピックサイズのプール]

部屋に戻って、お風呂にしたのだけれど、うれしいことに、バスタブの蛇口からは熱いお湯が出た。
前回の滞在では、熱い湯が出ず、インペリアルホテルなんてこんなものかと思っていたので、期待していなかった分だけうれしい。
バスタブもまずまず大きく、久しぶりに熱いお風呂に入ることができた。

バスタブ
[風呂に入れるかどうかでホテルの価値が決まると思っている]

私の部屋には、大きなダブルベッドがあるのだけれど、それとは別に壁際にエキストラベッドが置かれている。
ほんらいならソファーセットがあるべき場所なので、このエキストラベッドはもともとソファーベッドなのかもしれないけれど、とにかく置かれている状態はソファーではなく、シーツを被ったベッドである。
外国人観光バスタブ客が減って、タイ人旅行者が増えると、家族旅行をするタイ人客には、このようなエキストラベッドの需要が高くて、セットしっぱなしなのかもしれない。
私はエキストラベッドをソファー代わりにして、シーツの上に胡坐をかいて自炊した夕食を食べたり、ノートパソコンで動画を見たりして夜を過ごした。
パソコンで見た動画は、滞在中毎夜向田邦子の新春ドラマシリーズと言うのを見た。
1990年ころの正月テレビドラマの録画版で、タイトルに向田邦子となっているけれど、向田邦子が台湾での航空機事故で死んでかにすでに何年もたっており、彼女の書下ろしドラマではなく、向田邦子が書き残したエッセイなどからヒントを得て、創作されたドラマであった。
向田邦子の場合、あんまり社会問題や政治問題的は取り上げず、家族の日常や男女の部分が中心なのに、左翼活動とか二・二六なども織り交ぜられているのが、ちょっと鼻についた。
でも、この何本ものドラマで主演を務めていた田中裕子は、ずいぶんといい演技をしていた。
むかしの「おしん」のイメージが強すぎて、彼女のドラマなどはどんなものがあったかも思い出せなかったのだけれど、もし向田邦子が生前に田中裕子を使たドラマを書いていたらどんなものができていただろうかと想像する。

エキストラベッド
[宿泊料があまりに安いので、実はエキストラベッド代の方が部屋代より高い]

滞在二日目、朝起きて朝食前にホイトゥンタオへのジョギングをこなす。
天気はどんよりとした曇り空。
日差しが強くないので、暑さもたいしたことがない。
朝6時台でも運動に来ている人は多い。
そうした人相手に弁当を売りに来ている人もいる。
それと、ここまで車で来てジョギングをしようと言う人は、それなりに経済的に恵まれていて、しかも健康への関心の高い人なのだろう。
そのためかなんとなく有機野菜風のものを売りに来ている人もいる。
お値段は市場なんかの普通の野菜より高め。

1時間ちょっと走って、部屋に戻り、シャワーを浴びてから朝食。
朝食のメニューは、食パン、インスタントコーヒー、サラダ、ドラゴンフルーツ。
サラダはキャベツの千切りなどにマナオというライムの汁をかけたもの。
最近、このマナオの汁をよく使う。
スーパーで一本10バーツほどで売っているものなのだけれど、ドレッシングの代わりになるし、お酢の代わりにもよく使う。
塩分の取り過ぎ対策にもなるし、ノンオイルだからカロリーも控えめ。
タイの人たちは、ペットボトルに入って市販されているマナオ汁は美味しくないから、生のマナオを使った方が良いとアドバイスしてくれるけど、
生のマナオは日持ちしないし、だいいち使うたびに絞るのは面倒。
ということで、もともと私は味音痴で、味覚にうるさくないものだから、市販品を愛用している。

水牛
[ホテル近くの沼地では水牛がいた]

朝食後は、プールで1キロ半(15往復)泳ぐ。
50メートル泳ぐたびにへばるので、約2時間近くも時間がかかる。
プールの底には結構落ち葉が沈んでいる。
周囲に大きな木が多いから仕方がないのだろうし、取っても取っても、次々に木々から葉が落ちてくるので、取り切れないのだろう。
プールの水が濁っているということもない。

ジョギングして、プールで泳いで、これだけで時刻は昼近くになってしまった。
ジョギングの時は短パンにシャツだけで、走り終わってシャワーをするときに、汗で汚れた衣類はその場で洗ってしまう。
プールで泳ぐときは当然海パンだけ。
部屋の中にいるときは、バスローブだけで過ごしている。
つまり、裸同然。
これがなかなか快適で、エキストラベッドに胡坐をかいてノートパソコンを叩くのに飽きたらば、そのまま大きなダブルベッドにゴロリと横になって寝てしまえばいい。
気分転換に、ベランダに出るときもバスローブのままだ。

ベランダに干し物
[テラスでは食事もするし洗濯物も干す]

それでも、バスローブでいられるのは部屋の中と、プールへの往復だけ。
ホテルの敷地から外へ出るときはジーンズをはく。
昼食には、ホテルから歩いて10分ほどにある集落内の簡易食堂でカオソーイを食べた。
ここは前回も一度利用したことがあり、ホテルの周辺で見かけた食堂はここ一軒だけであった。
たぶん探せばほかにも簡易食堂などあるのだろうけど、探してまで食べに行く気もない。
カオソーイはチェンマイ名物とされているカレーラーメンで、日本人観光客にも人気がある。
ふつうは鶏のもも肉がドーンと乗っかっているのだけれど、それは私の好みではない。
鶏肉の代わりにルークチンを入れてもらう。

カオソーイ
[ボリュームのあるカオソーイ]

カオソーイには一杯の丼に2種類のヌードルが入っている。
丼の下の部分には、平打ちの中華麺のような黄色いヌードル。
その上に中華麺を油で揚げたカリカリのヌードルが乗っかっている。
これに好みで紫玉ねぎのスライスやパクドーンと呼ばれる漬物をぶち込み、ココナツ風味のカレー汁をかけたもの。
この簡易食堂では、カオソーイと米から作ったそうめん風カノムチーンしかやっていない。
いままでカオソーイに関して、特別関心もなく、一般的な作り方についての記憶があいまいなのだけれど、
この店の作り方は、黄色い中華麺はあらかじめ茹で上げてあり、注文が入ったら、そのまま丼に入れて提供する。
カレー汁の鍋は火にかかっており熱いのだけれど、丼のヌードルは熱湯で湯がかれることもないので、いくら熱いカレー汁をかけても、出来上がったカオソーイは熱々ではない。
他の店では、注文のたびにヌードルを茹でているのかもしれないけど、この店は湯通ししない。
それでも、そこそこ人気のある店のようで、集落の人たちが買いに来たり、食べに来て、まずまず繁盛している。
自分としては、カレーうどんのようにフーフーしながら食べたいと思っているのだけれど、猫舌のタイの人には、この方が喜ばれるのかもしれない。

用水路上のカオソーイ屋
[カオソーイ屋は村を流れる用水路上にある]

午後もまたプールで1キロ半(15往復)泳ぎ、それからホイトゥンタオへジョギングへ出かけた。
食べることと、運動することだけの1日で、なんとなく体育会系の合宿のような感じ。
それでも、周囲に誰かいるわけではないし、部屋の中ではバスローブでダラダラしているのだから、のんびりしたものである。
夕食前にはバスタブに湯を張ってお風呂をし、湯上りには冷蔵庫で冷やしたビールを飲む。
自分としても、なかなか上出来のバカンスだと思う。

7月24日のヘルスメーター、ウォーキングとランニング距離は34キロを示していた。
プールで泳いだ距離は、プール30往復で3キロ。
これは我が人生での記録に値するかもしれない。
ビールがますます旨い。
これを滞在中の日課とすることにした。

34キロ
[これは記録だと思う]

しかし、慣れないことはするもんじゃないと言うか、翌朝になって障害が発生した。
左足の中指の爪が壊死してしまっている。
痛い。
爪は黒ずんできている。
そして、右足も痛い。
これは足指ではなく、小指から踵にかけてが痛む。
じっとしていれば痛くないが、歩くと痛い。
筋でも痛めたのだろうか、以前にも体験したことのあるような感じもするけれど、ここまで痛いのは初めて。
歩くときなど、一足ごとに骨折して刺すような痛みと、足がつった時の筋肉が引きちぎれそうな痛みがはしる。
踵を上げて、足裏を地面につけなければ、痛みは少ない。

でも、前夜決めたばかりの日課はなんとかこなしたいという気持ちは持っている。
34キロは無理でも、せめて20キロくらいには近づけたい。
ということで、痛む足をかばいながら、ホイトゥンタオを目指して走る。
自分の性格からして、いったん妥協してしまうと、そのままズルズルになってしまうところがある。
1日の目標を設定したら、なるべく早めに目標へ近づかないと、1日の終わりに目標未達成となった場合、そのまま目標そのものが霧散して、次の日からダラダラに落ち込むのが経験からして危惧される。
なので、足が痛いのは「我慢すればよし」と自分に言い聞かせて、顔面蒼白でジョギング。
しかも、とても痛いから、なんとなく午後からのジョギングは休んでしまいそうな予感もするので、仮に休んでも目標にはなるべく近づくことができているようにと、ホイトゥンタオのコースを2周することにした。

これは正直かなり厳しかった。
足裏の痛みは続き、少しでもそれをかばって走ろうとするので、余計に体力も消耗する。
2周目に入ると、途中で立ち止まりたい衝動にかられ、実際何度も走るのをやめて、とぼとぼと歩いたりした。
歩いていると、後ろから走ってきた人に当然抜かされる。
走っている人は、軽やかに過ぎていく。

コースのキロポスト
[自分でも何のために走っているのかわからない]

ホイトゥンタオからの帰りに、ホテルへまっすぐ帰らずに、バイパス道路を直進し、メーピン川にかかる大きな橋を渡って市場へ向かう。
ホテルの広大な敷地は東側でメーピン川に接していることになっており、その対岸側にはちょっとした集落があるように地図に表示されていた。
自炊するための食材で不足するものがあり、少し市場で買い足しておこうと思っていたので、ホイトゥンタオからの帰り道、足を延ばしてみた。
市場らしいところはあったけれど、露店の一つもやっていない。
コロナで閉鎖されてしまったのだろうかと思ったが、道端で花を売っていた女性に尋ねてみると、ここの市場は午後から開かれるのだそうだ。
朝からやっている市場はずっと遠いところにあるという。
ずっと遠いところまで市場を探していくのも面倒なので、午後から出直してくることとして、集落の中で玉子だけを買ってホテルへ戻る。

午前中のプールも、午後から妥協してしまう可能性が高いので、朝のうちにプール20往復(2キロ)を泳いでしまうことにした。
泳ぐ分には、足の裏が地面につくこともなく、痛まないだろうと期待していたが、やはり足裏で水を蹴るときに痛みが走る。
なるべく足を使わず、腕の力で泳ぐようにした。
一度に20往復は体力が続かず、途中でプールサイドへ上がり、デッキチェアでしばらく伸びてしまった。

ハイビスカス
[部屋からプールへの小道にはハイビスカスの生垣]

午後からふたたび市場へ行ってみると、朝とは違ってたくさんの露店が並んでいる。
野菜や肉など生鮮食品から家庭雑貨まで売っている。
値段も高くはない。
ナスやシシトウなど買って、スパゲティーと一緒に炒めて食べたいと思う。
パンのおかずとして、クリームシチューを作りたいと思ったが、この市場では鶏肉を手に入れることはできなかった。
豚肉なら切り身になって売られているが、私のほしいのは鶏のササミか胸肉少々。
しかし、鶏の精肉を扱っている露店は見つけられなかった。
きっともっとよく探せばあったのかもしれないけど、精肉ではなくニワトリそのものだったりする可能性がある。
そんなコッココと鳴いてるニワトリを目にしたら、精肉使って料理などできなくなってしまいそう。
結局、クリームシチューには鶏肉を入れず、根菜だけで作った。
チキンスープの素を入れたので、チキンの風味だけは出ていた。

市場
[田舎らしい市場]

案の定と言うか、午後からのジョギングはサボってしまった。
プールだけは1キロ泳ぐ。
これで、翌朝には足の痛みが引いてくれればいいのだがと、期待をしたけれど、痛みはなおも滞在中ずっと続いた。
これを書いている8月8日現在もまだ痛みが残っている。
病院へ行くべきだったのかもしれないけど、もし行っていれば「無理はしないで、安静に」と言われそうで、こちらの体育会系合宿のノリでチェンマイに来ているのだから、そんな忠告でバカンスを中止したくない。

7月26日からは、ホイトゥンタオのジョギングは一度に一周しかしないこと、もし耐えられなくなったら、歩くことも可として、朝と夕方の2回をこなすようにした。
と言っても、26日と27日の2日間だけで、28日はピサヌロークへ戻る日なので、朝だけの一回きり。
で、痛みが我慢できなくなったら「歩いてもよし」というルールを作ってしまったので、しょっちゅう歩いてしまう。
歩いている時間と走っている時間がほぼ同じくらいになったのではないだろうか。
そのため、夜明けと同時に起きだしても、ジョギングから帰ってシャワーを浴び、朝食を食べると朝も9時を回ってしまっている。

基本的にはジョギングに行く以外はほとんどホテルの敷地から外へ出ない巣ごもりをしており、昼食を食べに出かけたのも一回きりで、人との接触をほぼ完全に絶っているいるのだけれど、ジョギングの行きかえりにネコへの挨拶を楽しみにするようになった。
ホテルの周囲にも若干の民家があり、それも庭の広い、ちょっと裕福そうな家が何軒かあるのだけれど、その家の塀の上にネコが良く登っている。
よく見ると地域ネコ扱いなのか、塀の上にはネコのエサ皿が用意されていたりする。
最初は、それに気が付かず野良たちかと思っていたけれど、ちゃんと食べ物をもらえているようで安心した。
このネコたちにあって、できれば撫でさせてもらったりするのも楽しみで、痛くて辛いジョギングへ出かける動機付けにもなっていた。
まだ1歳になるかならないかくらいのキジネコは人を怖がらず、よくなついた。
ちょっと年寄りの白黒ネコは、少し警戒するのだけれど、こちらが「ミャーオ」と呼びかけると、か細い声で「ミャーオ」と返事を返してくれた。

ネコ
[このネコは返事を返してくれた]

ネコだけでなく、ホテルの警備員の詰め所には犬もいる。
この犬とも顔見知りになり、私が詰め所の前を通ると出てきて、200メートルほど離れたホテルの入り口まで先導するように走ってくれた。
ホテルの入り口まで続く道は、もともとは舗装されてたのだけれど、表面がはがれかかって、砂利がむき出しになっていたりして、それを足裏の患部で踏んでしまうと、涙が出るくらい痛いので、こちらは犬と駆けっこするわけにはいかず、そろりそろりと走らざるを得ない。
そんな私を先に走った犬は時々立ち止まって振り返る。

若いネコ
[この若いネコは人懐こい]

走るのは犬だけではない。
ホイトゥンタオへの道の途中には馬の厩舎が並んでおり、その馬たちが道を走るのともであったりした。
数頭の馬たちが走ってくる姿は迫力があった。
馬たちが勝手に走ってくるのではなく、ちゃんと後ろから馬を追う係が付いてきているが、係はモーターバイクに乗っている。

馬も走る
[馬と比較すると自分の走り方がますますみじめに感じる]

ホイトゥンタオのコースで一番奥の方には、大きな池があり、とても静かで、景色が良い。
ジョギングで走りすぎてしまうと一瞬だけれど、ここだけは足の痛みとは関係なしに、ゆっくりと歩くことにしていた。
どんよりした空の下で、しずかにたたずむ湖畔の景色は、とても神秘的だった。
雰囲気としては、人里離れた桃源郷みたいに感じられるけど、たくさんの人がジョギングやサイクリングで汗を流しているすぐわきにある風景でもある。

桃源郷
[このコースで一番の場所]

こうして、朝夕のジョギングとプール、自炊と夜のビデオという数日間のバカンスを過ごし、7月28日にホテルをチェックアウトした。
ここに滞在中、世間でコロナが騒がれていることとも無縁で過ごすことができたけれど、前夜にチェンマイ県知事から、県内で増え続けているコロナを抑え込むために、県内でさらに厳しい措置が取られることになった。
その中の一つに、「プールの閉鎖」と言うものがあった。
ホテルの人に確認したところ、ホテルの滞在者がホテルのプールを利用することまでは禁止されていないという。

プール
[私の何倍ものスピードで水泳練習してた若者たちは宿泊者じゃないので利用禁止になったのだろうか]

昼にチェックアウトをして、集落の簡易食堂でカオソーイの昼食を食べてからピサヌロークへ向けて車を走らせた。
チェンマイからピサヌロークまではずっと国道11号線でつながっている。
途中ランパーンからデンチャイまでは、対面通行で、ほとんど集落もないような山道続きになっている。
そのランパーンを過ぎたあたりで燃料計の警告灯が点滅し始めた。
ガソリンスタンドに寄りたいところだけれど、この100キロ近い区間にガソリンスタンドが全くない。
しかも、山道が多くてアクセルを深く踏み込まなくてはならない場所も多いので、いつガス欠で止まってしまうかとハラハラし通しだった。
そんなら警告灯が点滅する前にランパーンでガソリンを入れておくべきなのだろうけど、タイではバンコクに近づくほどガソリンが安くなるので、セコイ私としては少しでもガソリン代を安くしたいので、ついつい先まで行こうとしてしまい、そのたびにガソリンスタンドがなかなか出てこなくてハラハラしてしまう。

6日間のチェンマイでのバカンス。
痛く、苦しかったけれど、これまでで一番運動をした数日間だった。
毎晩ビールを飲んでいたので、健康的になったかは不明だけれど、達成感のあるバカンスとなった。

靴底ボロボロ
[まだ買って数か月しかたっていないのに靴底はボロボロにすり減ってしまった]

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