木曜日の夕方4時過ぎ、突然ピサヌローク県庁から電話がかかってきた。
電話に出ると、知事に取り次がれ「明日の午後1時から会議をするから」という。
どうも会議の内容からして、私のやっていることが議題の中心に位置しているらしく、参加しないということは状況的に見て不可能に近い感じであった。
大急ぎで翌日のスケジュールを繰り合わせて、ピサヌロークに向かうことにした。
[ネコたちは発情期を迎えたらしい]
8月3日金曜日の午前7時過ぎに車でアパートを出発。
ガソリン代を考えたらば、高速バスで向かうのが一番安上がりなのだが、午後1時の会議に間に合わなくなる可能性が高い。
それに先日高速バスでピサヌロークへ行こうとしたら、バンコクのバスターミナルまでアパートから2時間もかかり、さらにバスの出発まで1時間以上待たされ、挙句の果てはピサヌロークのバスターミナルは街からとんでもなく遠い辺鄙なところで、夜9時に到着して往生してしまった。
その車なのだが、アパート前から高速道路に乗り、走り出してしばらくしたらなんだかエンジンの調子が少しおかしいようだ。
エンジンの出力が一定しないし、途中で突然スピードがカクンと落ちたりする。
ちょっと止めて点検したいけど、点検しても私には手に負えないだろう。
バンパインで高速を降り国道1号線に合流したところで渋滞にはまる。
アイドリングの回転数がいつもより遅い感じがする。
それに発進しようとすると、スムースな加速ができずムラがある。
タコメーターも変な動き方をしている。
ピサヌロークまでエンコしないでいてくれるといいのだけれど。
最近はタイの国道に自動速度取り締まり機がたくさん設置されているようだ。
私も知らずに走っていて、途中でパシャりとフラッシュが光るのを体験している。
その後はいつ罰金の請求書が届くかと思って、不愉快な気分がしばらく続くのだけれど、いまのところ請求書は届いていない。
プロドライバーに聞いたところ、なんども違反を繰り返すと請求書が来ることになっているらしい。
ピサヌロークまで380キロ、4時間半で走ろうとすれば、どうしても100キロ以上のスピードを維持しなくてはならないけれど、国道の制限速度は90キロとなっているから、今日は5時間くらいを目標にすれば、スピードオーバーの心配もないだろう。
ところが、急なことだったので、不在中の業務引継ぎが間に合わず、ひっきりなしに携帯電話がメールの着信音を発している。
ときどき停車して、メールに目を通して、急ぎのものには返事を入れたりしているため、運転に集中できない。
そのためナコンサワンまで4時間以上もかかってしまった。
ピサヌロークの街まであとちょっとと言うところで検問に引っかかる。
スピードも守っていたし、シートベルトもしているのに、なんでだろうと思ったら、「税金未払いだ」と言われる。
そんなことはない、税金は去年保険や車検と一緒に業者に手続きしてもらっている。
車検証にも納税済みと書かれているはずなので、車検証をダッシュボードから取り出したらば、車検証の中にフロントガラスに貼る納税ステッカーが挟まったままになっていた。
どうもいままでずっとステッカーを貼り替えずに走り続けていたらしい。
県庁の会議室にはギリギリで飛び込むことができた。
何時間前に淹れたかわからないほど冷えたコーヒーとスポンジケーキがテーブルに用意されていた。
会議そのものは、2時間ほどで終わった。
私もタイ語、英語で滅茶苦茶なスピーチをして、プロジェクトの説明や協力要請を話した。
おおむね熱意だけは伝わった感触を得られた。
時刻は3時すぎ、いまからバンコクへ帰れなくない時間だけれど、どうせもう職場へ入るには遅すぎるだろう。
今晩はこのままピサヌロークに泊ってしまって、今日はこの土地に関しての調べ物などをして仕事をしたことにしてしまう。
[タイは街なかにあまり時計がないが、時計塔が街の中心になっているところも多い]
翌4日土曜日。
県庁の事務局長から紹介されたサプライワン・リゾートという郊外のリゾートへ行ってみる。
象がたくさんいて、象に乗ったり、ラフティングができると聞かされていた。
正直なところ、象に乗るのにもあんまり興味がないし、ラフティングは去年の慰安旅行で体験しているので、このリゾートには大して期待をしていなかった。
街からは1時間ほど走った国道12号線沿いの山の中にあった。
かなり大きな敷地を擁して、自然のままの森の中をすすむ。
ところどころにコンクリートか何かで作られた等身大の象が配置されていたり、どういうつもりか恐竜までいたりする。
「来なくても良かったかな」と思いかけたところでリゾートのレセプションに到着。
来意を告げたところ、総支配人に取り次がれた。
[少々閑散としていたロビー]
ここには十数頭の象が暮らしているとの説明を受けた。
しかし、象に乗れるというのは間違いで、ここでは象に乗れない。
ここは象たちのサンクチュアリーで、象を使役に使うことはポリシーに反するということらしい。
確かに昔チェンマイに住んでいたころのトレッキングコースはどれも、コースの途中で象に乗ったり、竹筏が組み込まれていて、西洋人に人気であったけれど、最近チェンマイへ行って驚いたのは、どのトレッキングツアーも「象乗りなし」を謳っている。
象乗りが虐待と考えられるようになり、象には乗るのではなく、象の世話をするなど、象との交流が取れるプランに人気が集まっているようだ。
ここも同様で、滞在者が象たちの世話をすることができることを売りにしている。
ちょうどアメリカから二十人ほどの学生たちが象の世話を体験するために一週間ほど滞在しているところだという。
[11月から2月までは寒くて泳ぐ人はいないらしい]
リゾートの裏には川が流れており、ラフティングができるようになっていた。
9キロのコースで途中には激流となるところもあるのだそうだ。
「ラフティングは体験したことがあるか」と聞かれたので、昨年プラチンブリで体験したけれど、水が少なく、長閑だけど退屈したと正直に答えたが、ここのは違うから、やってみないかと誘われる。
[バンコクからブロガーたちが招待されていた]
象たちは、森の奥にいた。
自由に放牧されているわけではなく、つながれていたが、のびのびしていて、また人懐こい象たちばかりに感じた。
牙のないメス象たちばかりで、「オスはいないのか」と質問したら、オスは別のところにいて、一緒にしないのだそうだ。
[ここの象たちには仕事がないが失業しているわけではない]
石油缶で薬草を煮詰めており、これで象の身体を擦ってやるのだそうだ。
これは象たちのためのスパなのだそうだ。
象の世話をしたい人は、朝早く、象の好きな草の刈り取りに出かけて、象たちの朝食の支度をし、またハーブアロマスパを施してやるのだそうだ。
つまりここでは象は働かない。
その代わり、人間たち、それもお金を払って滞在しているお客様が、象たちのために働くのである。
これが正しいことなのかどうかは私には判断がつかないけれど、私を含めてこういう事が好きな人と言うのは世の中にいるものだろう。
象の世話もネコを飼うのと同じなのかもしれない。
[ここの象たちは毎日なにを考えているのだろう]
ちょっと覗くだけにしようと思っていたけれど、リゾート内の見学に結構時間がかかってしまった。
国道12号線をさらに東に進みペッチャブーン県に入る。
このあたりはタイのスイスとタイ人たちが呼んでいて、観光開発が進み始めている。
ヨーロッパのシャトー風コンドミニアムの広告看板なんかも立っているし、やたらとカフェが国道沿いにある。
このあたりにも山岳少数民族がいるのか、少数民族の衣装を売る土産物屋も軒を連ねていたりする。
山の中ではあるけれど、先ほどのリゾートと違い、森林は切り開かれて、山の斜面は見渡す限り開墾されて畑となっている。
木々に覆われていないから、見晴らしは効くし、幾何学模様のような斜面の畑もキレイではあるけれど、スコールなどで表土は流されやすいだろうし、自然破壊とも感じられる。
[ペッチャブーンとの県境]
[タイのスイスだそうです]
最近タイ人の間で人気の高い、パーソーンゲーウ寺に行ってみる。
タイの人たちは自撮り写真が大好きである。
そしてその自撮り写真の背景として、この寺がソーシャルネットワークで拡散している。
山の稜線の上にあって、見晴らしがよいこともあるが、それ以上に前衛芸術的な寺になっている。
[お寺の裏側から回り込む]
お昼時に到着したのだけれど、広い有料駐車場が満車になりそうなくらいたくさんの車が来ている。
道は東京の原宿通りではないかと思うくらいの人出である。
それがあっちでも、こっちでも立ち止まっては、腕を伸ばし、自撮りポーズを決めている。
[キンキラとイボイボでカラフルな仏塔]
寺は巨大な仏塔と、白い大仏が道を挟んで並んでいる。
巨大な仏塔は、てっぺんが金色に輝き、その下がイボイボになっていて、そのイボイボがやたらとカラフル。
近づいてよく見てみると、イボイボに見えたのは、ベンジャロン焼きの器のフタを埋め込んだもの。大小さまざまなベンジャロンのフタが仏塔の表面を埋め尽くし、あるいは色付きのガラス玉がはめ込まれている。
バンコクの暁の寺なども、陶片が仏塔全体に貼られているが、ここのは陶器のカケラなんて廃物利用ではなく、タイ王室の食器として知られる高級陶器のベンジャロンをそのまま使っているのである。
なんとも贅沢な装飾。
贅沢なお寺ではあるけれど、本来は贅沢とは無縁の瞑想活動をするためのお寺だという。
[たくさんの仏像がタイにはあるけど、5連で並んでいるのは珍しい]
白い大仏も一風変わっていて、純白で巨大な座像が五体前後一列に並んでいる。
一番前の座像が一番小さくて、その後ろは頭一つ分大きく、またその後ろも更に頭一つ分大きいといった感じで、一番後ろが一番大きく、また一番後ろだけ金色の被り物を頭に乗せている。
なんとなく全体的にテーマパークみたいなお寺なのだけれど、さて一体ここのテーマは何なのだろうかもよく私にはわからない。
あんまり仏様のありがたみを感じられるといった感じではないし、たくさん来ているタイの人たちも参拝に来ているというよりも遊びに来ていると言った感じである。
[白と銀が最近のタイのお寺で流行している感じ]
このお寺の周辺もカフェだらけで、仏具やお寺への寄進ものを売っているような店は見当たらず、観光土産品を売っている店ばかりである。
ますますもって俗っぽく感じ、同じ瞑想のお寺でもバンコクのパクナム寺とは一線を隔しているようにも感じられる。
もっとも、近年パクナム寺の大仏塔内部のカラフルなドーム天井がインスタ映えするとかで、日本からの観光客が自撮り目的でやって来るようになっているから、時代は変わっているのかもしれない。
[崖の上にテラスを張り出したカフェがいくつも並んでいる]
さて、もう昼過ぎではあるけれど、寺周辺のカフェに入って昼食を食べる気にならないし、それにどこもすごい混雑。
昼食をどうしようかと思っていたら、このお寺自体に参拝者用の食堂があると拡声器ががなっている。
しかも無料だという。
[イボイボの正体はベンヂャロン焼き]
案内している方角に行ってみると、見晴らしのいいところに新しくて、清潔感のある食堂があった。
無料の食事でどんなにか混雑しているだろうかと気にしながら来てみたのだけれど、拍子抜けするほどガラガラ、二組ほどが静かに食事をしているに過ぎなかった。
社員食堂風のつくりで、簡素ではあるが、ブッフェラインにはグリーンカレーにライス、そしてカノムチーンと呼ばれるタイのソーメンなどがあった。
お寺なので精進料理と言うわけではなく、カレーにはふんだんに肉が入っているし、カノムチーンのスープには魚のすり身が入っている。
デザートにはパパイヤが切ってある。
無料ではあるが、お賽銭箱のような箱が用意されており、先に食べ終わった人が箱に喜捨を入れるのを見たらば、箱の前で手を合わせてから、赤いお札を箱の中に入れていたので100バーツあたりが相場なのだろう。
[無料のランチはブッフェ方式]
私も食べてみたが、すごくおいしいというものではなく、なるほどタイのお寺さんで食べるのはこんな感じのものなのかと勉強にはなった。
食べ終わった食器は自分で洗うということになている。
[素晴らしい景色を楽しみながら食事ができる]
午後2時過ぎにパーソーンゲーウ寺を出発し、ペッチャブーン側へ山を下ってバンコクへ向かう。
グーグルマップで確認するとバンコクまで390キロとなっている。
所要時間は5時間半ほどと表示されているが、これも制限速度以内で走ったら、信号待ちなどもあったりするので、もう少しかかるだろう。
[このお寺のトイレはタイで最もきれいなトレイの1つだろう]
山の上は涼しかったけれど、国道21号線まで降りてくると、やっぱりタイの暑さに戻ってしまった。
それに西側から差し込む日差しも強い。
今年の夏も日本ではタイよりもひどい猛暑らしいが、いったい日本の気候はどうなってしまったのだろう。
気温が40度近くまで上がるなんて、異常事態だと思う。
夏暑く、冬寒くて、四季がはっきりしているのは悪くないが、ここまで暑くなったら、もう情緒も何もあったものではないだろう。
国道21号線をひたすら南下。
右側にはまだ山並みが遠く道に並行して続いているのが見える。
時速は90キロから100キロの間くらいに保っているが、後ろからビュンビュンと抜かされる。
特にピックアップトラックなどは真っ黒な煤煙を撒き散らしながらすっ飛んでいく。
ノーヘルのバイクも二人乗りで追い抜いていく。
私も大型トレーラーを抜いたりする。
片側二車線のハイウェイなので、走りやすいけど、単調な道が続いている。
ときどきポットのコーヒーを啜ったりする。
今日は土曜日なのでメールの着信音もほとんど鳴らない。
このあたりはタマリンドの産地らしく、沿道ではタマリンドを売る露店があちこちに出ていた。
相場はだいたい4キロで100バーツとなっているが、タマリンドが4キロなんて相当な量になるだろう。
午後5時前、タイ式焼き鳥のガイヤーンで有名なウィチャンブリーを通過する。
温泉(SPA)がこの先にあることを示す標識が見えた。
ちょっと立ち寄ってみてもいいかなと思う。
そろそろこの辺だろうかと思ったところに、温泉入り口の看板は見落としたのか見当たらず、どうやら行き過ぎてしまったらしい。
まぁ、いいかと思って、そのまま先に進んだら、また別の温泉の案内が出てきた。
こんどは見逃さず、対向車線側に入って左折、田んぼの中の田舎道に入り込む。
[ちゃんと日本語も付いている]
こんなところに温泉などあるのだろうかと思ったが、道沿いにあった。
しかも「バーンクルー温泉」と日本語まで付いている。
入浴可能ということで、入浴施設を見せてもらう。
すべて個室で、大きな個室は200バーツ、小さな個室は50バーツとのこと。
安い方に入ることにする。
入浴時間は20分とのこと。
ちょっと短すぎるような気もするが、浴槽が小さいし、のんびりと長湯をしたくなるような施設ではない。
設備は極めて簡素、掃除はしてあるが、シャワーもなければ、脱いだ服を掛けるハンガーもない。
浴槽のほかにあるのは、小さな台だけ。
手桶代わりの小さなプラスチック製の洗面器がひとつ。
石鹸シャンプーなどの備え付けはないが、バスタオルは貸してくれる。
[大変簡素な浴室]
お湯の温度は43℃くらいだろうか、浴槽に貯めたらば、水でうめる必要のないくらいの適温となった。
源泉の温度は48度と案内板にあったが、ここまで引くうちに少し冷めるのだろう。
泉質はほんの少しぬめりを感じるまろやかな泉質で、ウタイタニのサモートン温泉と似ている気がする。
[温泉の敷地内]
しかし、20分の入浴時間は短かった。
汗だくのままシャツを着て、ジーパンを履く。
この温泉の名前は、バーンクルーと言い、日本語にしたら「先生の家」。
女主人に聞いたところ、女主人はもと学校の先生で、リタイヤ後にこの施設を始めたそうだ。
ここを作って11年になるそうで、それ以前から温泉は湧いていたけれど、使われていなかったということだった。
残念ながら宿泊施設はないらしく、しかも浴室には照明もなく、日中しか入浴はできない感じだった。
[浴室内に照明はなく、天井や壁の明かりとりから差し込む光だけ]
温泉だからか、なかなか汗が引かないまま、車のエアコンを強くして、バンコクへ向かって再び走る。
まだ240キロほどもある。
入浴した後は、ビールでも飲んで、それにこのあたりの名物のガイヤーンでも食べて行きたいところだ。
でも、ネコも待っていることだし、あと数時間走らなくては。
[小さな個室式浴室が並び、大浴場はない]
やっとサラブリあたりまで来ると、やたらと大型トラックが多くなり、交通量もぐっと増える。
そして大型トラックの運転が荒くなり、小さな車で大きなトレーラーやダンプに挟まれて走るのはあんまり気持ちの良いものではない。
バンパインから高速道路に入り、アパートに到着したのは夜9時少し前。
寄り道をしたが、この2日間で900キロ以上を走ったことになる。
行くときはエンジンの調子が悪くて不安だったけれど、それもいつの間にか復調してしまっていた。
[次に生まれてくるときはネコではなくて、ゾウがイイのかな]