11月05日~06日 土曜日~日曜日
とっぷりと暮れた新城駅。
太魯閣渓谷の玄関口でもあり、駅舎内には韓国人グループをはじめたくさんの人がいた。
このまま台北に特急で向かっても、面白くないので、鈍行に乗ってみることにする。
次の鈍行は20:22発の七堵行き。
まだ一時間ほどあるし、お腹もすいてきたので食事にしたい。
しかし、この駅前には食堂がまるでない。
商店や民家もほとんどなく、駅前から夜道を少し歩いて国道まで出る。
国道沿いにはコンビニエンスストアや小さな食堂があった。
「小吃」と書かれた大衆食堂があったので、その店へ入る。
注文は伝票に自分で書き込んで店主兼料理人に渡す仕組み。
厨房は店の奥ではなく、店の入り口に構えているのはバンコクの大衆食堂と同じスタイル。
注文したのはワンタンスープ、青菜炒め、タケノコの煮込み。
紹興酒を飲みたかったが、置いてないとのこと。
しかし、向かいのコンビニで買って持ち込んでも良いらしい。
注文した料理ができるまでコンビニへ行って紹興酒を買う。
ボトルには「埔里銘酒」とシールが貼られていたが、本当に埔里産なのだろうか?
燗をつけた紹興酒が好きなのだが、冷でも美味しい。
青菜炒めは空心菜であった。
タイでもよく食べるパクブンであるが、タイのパクブンにも二種類あり、パクブンファイデーンと呼ばれる空心菜炒めはパクブンチーンと言う種類を使う。
直訳すれば中国のパクブンと言うことになる。
もう一種類はパクブンタイと呼ばれ、タイのパクブンと言う意味だから、タイ在来種なのだろう。
パクブンはタイ緑色が薄く、黄緑かかった野菜である。
タケノコの煮込みは柔らかく、エグミはまるでなくて、甘くておいしい。
ワンタンは白くて柔らかく、中に豚ひき肉が詰まっていて、子供のころに好きだったワンタンの味に似ている。
そういえば、花蓮港の名物料理にワンタンがあったっけ、花蓮港はどこでもワンタンのレベルが高いのかもしれない。
台湾最後の夕食を質素に、そしておいしくいただき、これで会計は100元ぽっきりであった。
[味は良いけど、食器に色気がまったくない それが台湾らしさかも]
駅に戻り、まだ半分くらい飲み残した紹興酒を空いたペットボトルに詰め替える。
これなら紹興酒のラッパ飲みをしても周囲の人には、濃い目のウーロン茶を飲んでいるくらいにしか思われないだろう。
七堵行きの鈍行は、普通の通勤電車であった。
ロングシートで、長時間乗るにはあんまり向いていない。
しかし、もう乗ってしまったのだから仕方がない。
車内には熟年層の観光客がたくさん乗っていた。
けっこう騒がしい。
[花蓮-七堵の各駅停車の車内 おじさん、おばさん、なかなか騒がしい]
鈍行なので駅に一つ一つ停車し、ときどき特急に追い抜かれたりする。
景色の良いところを走っているはずなのだが、外は夜の闇で何も見えない。
ロングシートに座っていると、筋肉痛と関節痛の足がだるくて仕方なくなってくる。
ちょっと行儀悪いけど、シートの上で胡坐をかかせてもらう。
寄りかかることができれば、居眠りでもしたいところだが、シートの上で胡坐をかいているので、ウトウトしたら転げてしまいそうだ。
宜蘭で乗客の多くが入れ替わり、騒がしかった熟年観光客も降りて行った。
新しく乗ってきた人は、比較的若くてそして静かだ。
私は車両の端の方へ移った。
ここならコーナーなので寄りかかれる。
11時半過ぎ、終点の七堵のひとつ手前、八堵で下車して、基隆行きの電車に乗り換える。
今夜は基隆で夜明かししてみたいと思っている。
乗り換えた電車は、台北方向から来て基隆へ行くもので、終電の一本前。
日本だったら、こんな時間帯の電車に乗っている人の半分くらいが酔っ払いではないかと思うが、台湾の電車には酔っ払いはいないようだ。
基隆にはすぐに着いて、北口から外へ出てみる。
基隆駅は地下ホームになっていて、地上へ出たところが港の建物になっている。
中国大陸に近い馬祖島方面への連絡船の窓口もある。
もっとも、乗船手続きは窓口で行い、実際の船は少し離れたところから発着するらしいことが窓口に書かれていた。
再開発前の横浜のような雰囲気が漂う基隆はレンガ造りの港湾関係の建物が並び、それなりに情緒がある。
しかし、どの建物も古くて、かなり老朽化している。
もう少しきれいにしたり、補修をすれば観光資源として活用できそうにも思える。
港に面してボードウォークのようになった広場がある。
オブジェが置かれたり、ベンチがあったりして、アベックの姿もちらほら見える。
さっきまで雨でも降っていたのか、ベンチが濡れている。
濡れたベンチを拭いて、腰かける。
始発電車は午前5時過ぎ。
まだ5時間も時間がある。
ベンチに腰かけて、夜の港を眺める。
オレンジ色の港明かりが水面に映っていてきれいではあるが、変化がないので1分も眺めたら飽きてきてしまう。
港に面した建物の屋上に設置された電光掲示板は、時刻と気温とを交互に表示している。
時刻が早くすぎないかと、掲示板を見つめるが、数字はなかなか変わらない。
1分がこんなに長いとは知らなかった。
そして、気温は20度と表示されている。
雨上がりと言うこともあるのだろうが、浸みてくるような寒さを感じる。
ペットボトルに詰めた飲み残しの紹興酒を少し飲む。
しかし、広場周辺を見回してもトイレがなさそうだ。
こんなところで飲んでて、トイレが近くなったら大変である。
一口飲んでキャップをする。
[真夜中の基隆ハーバーライト]
釣りをしに来る人もいる。
しばらく眺めていたが、魚はかからない。
しかし、魚がいないわけではなく、ときどきポチャリと魚が跳ねる音が静かな水面から聞こえてくる。
フィリピン人だろうか、出稼ぎ労働者風のグループがやってきて、しばらく楽しそうに話し込んでいたが、そのうちどこかへ行ってしまった。
中国からの観光客だろうか、小さな子供連れのグループも広場を駆け回っていたが、気が付いたらいなくなっていた。
なんとか午前1時半までベンチに座っていたが、どうにも退屈なので、真夜中の基隆の街を歩いてみる。
こんな時間に営業している店は、カラオケ屋とゲーム屋とコンビニくらいである。
安宿に休憩2時間600元、宿泊1200元と看板が出ている。
いまさら宿に部屋を取る気にもならない。
あてもなく歩いているうちに、煌々と明かりがついて、やたらと活気のある路地に出た。
こんな時間に何だろうと路地に入ってみると、路地全体が魚市場になっていた。
色とりどりの魚が並び、競りのようにして売りさばかれていく。
大型トラックから魚の入った発泡スチロールがどんどん運びこまれてくる。
赤い魚、青い魚、銀色の魚、立派な車エビ、紐で縛られた大きなカニ、私は魚を買うわけではないが、見ていて面白い。
[トラックから魚が入った発泡スチロールが次々に運び込まれる]
どの魚も新鮮である。
漁港や河岸の市場ではなく、街の真ん中にある市場だけれど、これらの魚はどこから運ばれてきているのだろうか?
こんな時間だから、魚を買っていくのは商売人だろう。
食堂でもやっているのか、それとも魚屋か、これらの魚は基隆で食べられるのだろうか、それとも台北の業者が仕入れに来ているのだろうか?
[魚市場だけあって魚の鮮度が高い]
魚市場から少し先に行くと、基隆名物の廟口夜市があった。
夜市と言っても、時刻はもう午前2時半を回っている。
こんな時間でも店開きしている店は半分もないが、それでも観光客の姿はまだまだ見える。
ネットでもこの夜市で何を食べたらいいか、いろいろと紹介していた。
そんな中で「カレー焼きそば」の店は朝まで営業しているとあり、人気店らしい。
カレー焼きそばなるものがどんな味のものか、せっかく基隆に来て、、しかも時間もたっぷり余っているので、店を探してみる。
カレー焼きそばの店は、夜市の屋台街から少し離れたところにあった。
午前3時と言うのに、店の前の歩道にもテーブルを出して、しかも満員御礼の大盛況である。
地元の人がこんな時間に夜食でもないだろうし、やはり観光客、それも中国大陸からの観光客だろうか。
歩道に面した調理場では、店の主人だろうか、ガス栓をいっぱいに開いているのか、大きな炎の上で中華鍋をかき回している。
壁にはメニューが貼り出されて、カレー焼きそば以外もあるようだが、やはり一番人気はカレー焼きそばらしく、カレー粉の香りが漂っている。
名物のカレー焼きそばを食べてみようと思ってきたのではあるが、こんな深夜の薄暗い路上で、しかもテーブルに相席してまでカレー焼きそばを食べようていう気がなくなってしまった。
眺めるだけ眺めて、ふたたび夜店街の方へ歩く。
店じまいをしている屋台の一つから、台湾歌謡曲が流れてきた。
聞き覚えのあるメロディーと女性の歌声。
立ち止まって耳を澄まして、歌謡曲を聴く。
"為什麼不多待一會"
"為什麼不想去多瞭解"
"為什麼要讓感情變成傷人的宿醉"
大学生当時、大好きだった台湾の歌手、林慧萍の「愛情與宿醉」だ。
当時の私は彼女の演唱會へ行ったり、所属するレコード会社を訪ねたりしていた。
そしてそうした縁から台湾へ行くたびに台湾の芸能雑誌社の女社長に可愛がられ、雑誌社へ出入りするようになっていた。
そう、林慧萍は基隆の出身だった。
大学を卒業したら、台湾歌手の追っかけも卒業してしまった。
彼女の歌を聴くのは何十年ぶりだろうか、懐かしい。
伸びやかで、透き通るような歌声に涙が出てきてしまった。
その後、所属するレコード会社を変えたり、渡米したとか聞いたけれど、今は何をしているのだろうか?
歩き疲れたので24時間営業のマクドナルドへ入る。
マクドナルドなんかに入ることなどめったにない。
しかし、この手のファーストフードの店なら、気兼ねなく夜明かしできそうだと思った。
フィレオフィッシュにポテトとオレンジジュースのセットを注文して2階席へ。
薄暗い2階席には、予想外ながら年寄りばかりがいた。
なんでこんな時間にマクドナルドに老人たちがいるのだろう。
テーブルにうつ伏せになって寝ている人もいる。
身なりも良くない。
ふだん路上生活をしている老人たちだろうか?
私が窓際の席に着いたらば、初老の女性が近づいてきて、ハンバーガーと一緒にトレーに載っている領収書をくれないかと言う。
台湾の領収書は宝くじを兼ねているので、それで人の領収書なんかを欲しがるのだろう。
私も終夜営業のハンバーガー屋で夜明けを待っているのだから、同類のようなものだ。
まだ明るくなるには少し時間がかかりそうだけど、午前5時に駅へ向かって歩き出す。
始発電車に乗って、台北を素通りして、空港に近い桃園まで1時間半ほど。
通勤電車ながら、今日は日曜日の早朝と言うこともあり、通勤客の姿はない。
硬いシートでウトウトする。
[基隆駅の午前5時 もうじき始発電車が動き出す]
桃園の駅で降りる。
前回も5月に桃園の駅で夜行列車を降りた時、駅周辺にものすごくたくさんのフィリピン人がいて驚いたものだが、今日はフィリピン人ではなくタイ人である。
それもあまり行儀のいいタイ人ではない。
服装も乱れているし、手にはウイスキーの飲みかけボトルをぶら下げている。
私も人のこと言える立場にはないけれど、国王の服喪期間中と言うのに、桃園のタイ人は気にもかけていないのだろうか?
駅前からバスに乗り、いつもの通り空港へ行く前に途中の南崁の街で下車する。
この町で朝食を食べ、もし市場が開いていたら、台湾うどんでも土産に買って帰ろうと思っていたが、まだ朝早いためか、捜し歩いた方向が間違っていたのか、台湾うどんを売っている店は見当たらなかった。
朝食には小籠包の店が店開きして、蒸篭から湯気を上げていたので、その店に飛び込む。
ここの小籠包は蒸篭に8個入って、いわゆる小籠湯包と言うやつで、薄皮で餡がジューシーなタイプだった。
再びバスに乗って桃園空港へ着き、ノックスクートのチェックインカウンターへ並ぶ、。
長い行列の後ろに回る。
隣のカウンターはピーチの日本行きで、そちらも長い行列になっている。
辛抱強く順番を待つ。
こんなに並んでいるようだと、満席かな、まぁバンコクから来る時みたいなラッキーばかりじゃないから仕方ない。
30分ほどで順番が回って来た。
「ご希望は窓側ですか、通路側ですか」と聞かれる。
「どちらでもいいから、とにかく前の方でお願いします」と頼んだが、
出てきた搭乗券は35Hとなっている。
できればもっと前方の席が欲しいのだがと再度頼んだら、
「通路でも窓でもない、真ん中の席しかないですよ」と言われる。
結構、真ん中だって前方ならと伝えたところ32Jと言う席に変わった。
黒い服を着たタイ人ばかりの搭乗口からバンコク行きのノックスクートに乗り込むと、私の席は足元の広い黄色いシートであった。
しかも、ほぼ満席であるにもかかわらず、私の隣の通路側は空席であった。
おかげで、帰りの機内も寒かったが、足を延ばして寝ていくことができた。
[台北の空港 バンコク行きノックスクートの搭乗ゲートはやはり黒衣の乗客でいっぱい]
タイ時間の12時にドンムアン空港へ到着。
ありったけの服を着こんだままターミナルの外へ出たら、暑くて汗が噴き出してきた。
完