9月10日 土曜日
窓のない船室なので、夜が明けて朝になっても気が付かない。
身体の方が自然に目覚めて、時計を見ると午前6時。
すぐに部屋から飛び出して甲板へ出てみる。
[船の上で迎える朝はちょっと特別な感じがする]
外はもうだいぶ明るくなってきている。
雲が低く垂れこめている。
グーグルマップで位置を確認してみると、もうハンパー川の河口に入ろうとしているところを示している。
長い防波堤のようなものが伸びてきていて、さらにたくさんの巨大な風力発電の風車が並んでいる。
オランダでも風力発電がたくさん行われていたけれど、イギリスでも風力発電は盛んなようだ。
雲が低くて見られないと思っていた朝日も、水平線と雲の間のわずかな隙間からのぞいてくれた。
[夏時間だからなのか、夜明けが遅い気がする]
午前8時にハルの港に入港。
下船まで昨晩はバーとして賑わっていたラウンジのソファーに座って待つ。
さほど待たされることなく、下船させてもらう。
たぶん混雑を避けるためなのか、100人くらいを一区切りにして下船させている。
たぶん、99人まで下船の区切りをして、あと一人の枠ができたらしく、「あと一人、すぐ下船できるよ」と係員が声をかけている。
この船には一人旅の人がいないのか、だれもそれに応じる人がいない。
それならばと、前に出て100人目の下船グループに混ぜてもらった。
[等級によって下船の順番が決まるわけではなさそうだ]
船からローディングブリッジを渡り、ターミナル建物の4階に入り、エスカレーターを乗り継ぎながら1階へ。
ここでイギリスの入国審査。
パスポートを見せ、滞在期間や旅行先に関する質問に答えるだけで、入国カードもなければ入国スタンプも押されなかった。
コロナに関する特別な手続きとかも何もなかった。
入国審査場の脇に、飲料水のサーバーが置かれていたので、空になっていたペットボトルに水を詰めさせてもらう。
スーパーで売っている飲み水は安くない。
もともとアルコール分を含有しない飲み物にお金を払うのが好きではないので、こうして飲料水の補給ができるのは大変うれしい。
[エスカレーター以外にエレベーターもあるが、エスカレーターの方が面白い]
ターミナルからは8時半前に出ることができた。
今回の旅行の目的地は、イギリス湖水地方。
ハルから湖水地方まで直線距離にしたら200km足らずのようなのだが、交通の便はあんまりよくない。
鉄道を利用して最短で行く方法はハルからマンチェスターを経由していくルートらしいのだけれど、どうもマンチェスター近くで不通区間があるらしく、迂回ルートをとらなくてはならないらしい。
さらに9月になってイギリスでは鉄道職員のストが頻発して、電車が予定通り動かないケースも多いらしい。
前売りの往復切符を買ってあるのだけれど、その切符に記されたスケジュールは次のようになっている。
ハル11:06-12:04リーズ12:18-14:09ランカスター14:21-14:33オクセンホルム・レイクディストリクト14:39-14:55ウィンダミア
ウィンダミアと言うのが湖水地方の入り口となる駅。
乗り継ぎ回数も多いのだけれど、乗り継ぎ時間さほど長くもなく、うまくいけば3時間半で到達できる。
しかしこれがストで運休なんかが一区間でも発生すると、スケジュールがめちゃくちゃになってしまう可能性が高い。
そんなことを想定して、一本でも早い電車に乗り込んでしまうのがリスク回避に役立ちそうだと考えて、ハルの鉄道駅へ向かって歩き始める。
[敷地の外に出るには外周通路をぐるりと半周させられる]
フェリーターミナルと言うのはどこの国でもそうなのだろうけど、だいたい町の中心部から離れた不便なところにある。
フェリーの利用者そのものが車でやってくるわけだから、町外れでも支障はないのだろうけど、私のような車を利用しないものにとっては、ターミナルまでの行き来が不便である。
ハルのターミナルはロッテルダムと比べればまだ中心部に近いが、それでも直線距離で5キロほどもある。
歩けば1時間少々のはず。
5キロ程度なら毎朝のジョギングと同じ距離なので、たいしたことはないけれど、荷物を持っているのが負担になる。
とんでもなく広いターミナルの敷地外へ出れば路線バスのバス停もあるようなのだけれど、どうもイギリスの路線バスの運賃は安くないらしい。初乗りが2~3ポンドくらいのようだ。
たぶん、日本のバスと比べたら少し高いくらいなのだろうけれど、私が普段利用しているバンコクのバス代と比べると異常に高く感じる。
なので、歩いてバス代を節約。
[一昨日なくなられたエリザベス女王]
港周辺の道路と言うのは、殺風景で、広い道路をトレーラーが行きかうばかり。
道端には雑草が生えていたり、歩道もガタガタだったりする。
そんな中を30分ほど歩いて、やっと趣のあるレンガ造りの堅牢な建物に出くわす。
あぁ、やっとイギリスらしさを感じられたと思える重厚な建物。
周囲を威圧感のある高い塀が囲んでいるのも、権威を感じさせる。
[やっとイギリスらしい建物が見えてきたと思ったが]
この建物は裁判所だろうか、それとも古いお城だろうか。
ハルの正式な街の名前はキングストン・アポン・ハルと言うそうで、これは「王様の街ハル」という意味らしい。
エドワード1世が13世紀の終わりに命名した町だそうだ。
タイではスコータイ時代の名君、ラムカムヘーン大王が君臨していたころらしい。
そんな歴史を感じさせる建物の正面まで来たら、やはり重厚な門扉があった。
が、その入り口に書かれている英単語を拾い読みしたら、この建物は刑務所のようだった。
[刑務所の中はどんな感じか覗いてみたい気もする]
高い壁と威圧感。
たぶん、歴史的な建物かもしれないけれど、この手も施設は町はずれに作られるものらしい。
刑務所を過ぎて歩いていくと、車の部品屋、洗車屋や町工場のようなごちゃごちゃとした地区に入った。
やっぱり、あんなり雰囲気のある所ではない。
しかも土曜日の朝ということもあって、ひと気も全くない。
こんなところはさっさと通り抜けてしまおうと歩いていくと、かわいらしい小型の赤い乗用車が道端に止まっていた。
この小型車は3輪の乗用車。
30年前にイギリスの田舎町の住宅街でトコトコとかわいらしく走っているのを見かけたことがある。
そのころでもクラシックな車だなと感じ、面白そうだと思ったけれど、こうしてまた間近で見てみると、3輪で小型ではあるけれど、とても洗練されたスタイルをしている。
こんな車で街を走ったら楽しいだろう。
[クラシックな3輪乗用車]
1時間ほど歩いてハル川にかかる橋の袂までやって来た。
この古い橋も跳ね橋となっているようだ。
現在も跳ね橋として稼働するのかはわからないけれど、橋の手前に遮断機と信号があるので、橋が上がるときもまだあるのかもしれない。
一度見て見たいものだ。
[川の対岸は景色が一変する]
この橋を渡ると雰囲気が一変して、ハルの旧市街に入る。
こんどこそ本物のレンガ造りで歴史を感じされる重厚な建物群が道の両側にならんでいる。
建物にはイギリス国旗が半旗で掲げられている。
このあたりが旧市街で、歴史地区にでも指定されているのだろう。
やっとイギリスに来たなと感じられ、こんどこそ裏切られることはなかった。
[やっと本当のイギリスらしい街になった]
鉄道駅には10時前に到着。
ここで汽車の切符を受け取らなくてはならない。
インターネットで購入しているのはバウチャーで、実際に汽車に乗るには本物の切符が必要ということだった。
駅構内の切符売り場の窓口に並んで、バウチャーを提示したが、自動券売機のようなものを指さされ、あれで自分で手続きして切符を受け取れといわれる。
[この駅はバスターミナルも兼ねている]
この自動券売機の操作方法がよく解らないが、スクリーンに表示される英単語を読んでみると、予約番号を入力して、クレジットカードを入れろと説明されている。
既にカードで支払い済みなのに、またチャージされるのではないかと不安もあったけれど、とりあえず指示に従ってみる。
そうしたら、ちゃんと切符が往復分出てきた。
途中何度も乗り換えがあるのだけれど、乗り換える電車ごとの切符と、ウィンダミアまで通しの乗車券などバラバラとたくさんの切符が出てきた。
ちなみに事前購入した往復切符の代金は 89.10ポンド。
タイバーツに換算して4,000バーツほど。
安くない。
バンコクからチェンマイまで一等寝台で往復するよりも高い。
でもまぁ、日本の新幹線と同じくらいの金額だろうか。
これだから発展途上国の安月給取りがヨーロッパなんかに来ると、お金のことで肝をつぶしてばかりになる。
[櫛形にホームが並んだ典型的な終着駅]
予定よりも1時間も早くハル駅に到着できたので、予定よりも1時間早い電車に乗り込むことにした。
とにかく、ストだとかのリスク回避をするために、乗れる電車があれば、ちょっとでも早く先に進んでおくべき。
このハルから出発する電車は、電化されていないためディーゼルカーでちょっと旧式の車両もあるが、新式のスマートな車体の電車もある。
これも30年前に、場所がハルだったのか、どこかほかのイギリス東海岸沿いだったのか記憶があいまいなのだけれど、荒涼とした海岸線を短い編成のディーゼルカーが走っている風景が記憶に残っている。
まるで北海道のサロベツ平原で海沿いを走るディーゼルカーみたいだと感じたものだ。
私が乗り込もうとした電車は新型で、トランスペインという運行会社の車両。
切符には乗る列車が指定されているが、座席番号は入っていない。
そして、どうやら指定されている以外の電車にも同じ区間なら乗っても問題ないらしい。
しかし、ホームにはたくさんの人が電車に乗り込もうと、ドアが開くのを待っている。
週末なので、どこかへ遊びに出かける人たちなのだろう。
[スマートな電車、ホームで乗車を待つ人が多い]
私も並んでドアが開くのを待つ。
そして、ドアが開き、どっと車内へ流れ込む。
イギリスの電車にも、指定席と言うのがあるようなのだけれど、日本と違い、指定席車と自由席車が分かれていない。
座席に"Reserved"と書かれた札が付いていたら、誰かがその座席を予約しているということらしい。
私もなんとか空席を見つけて座ることができたが、その座った席の背もたれのところに、"Reserved"の札が付いていた。
札に書かれている内容を読んでみると、セルビーと言う駅からさきで誰かがこの席を予約ているらしい。
セルビーがどこなのかよく解らないが、そこで予約者がやってきたらば、当然席を明け渡さなくてはならない。
通路にはたくさんの人が立っていて、下車予定のリーズまでは1時間ほどだから、途中から立って行っても大したことはないはずだけれど、やっぱり座っていけるものなら、座って車窓を楽しみたい。
ハンパー川沿いに電車は走る。
私の記憶にあったのは、海岸ではなくハンパー川だったのかもしれない。
ハンパー川はとても川幅が広いので、まるで入り江のようにも見える。
そしてハンパー川にかかる巨大な吊り橋が見えてくる。
[ハンパー川、電車のスピードが速く、どんどん遠ざかって小さくなっているが吊り橋が見える]
セルビーはなんとハルの次の停車駅だった。
私は荷物をまとめて電車から降りてしまう。
満員の電車の通路に立つよりも、このあと来るだろう電車にはあるかもしれない空席に賭けてみることにした。
それに、新型の電車ではなく、旧式のディーゼルカーの各駅停車なんかに乗れたらば、それも情緒があって楽しいだろう。
セルビーは田舎の駅で、ホームのベンチに座って後続の電車を待つ。
後続は、間もなくやって来た。
どうやら期待した各駅停車ではないようだけれど、電車の外観はさっきよりもだいぶ野暮ったい。
この野暮ったさは、タイの国鉄で使われているスプリンターと呼ばれる特急車両によく似ている。
あれも今から30年ほど前にイギリスから輸入したことになっているから、今から乗る電車も30年ものなのかもしれない。
[セルビーで乗り換えた電車、下膨れした外観が特徴的]
しかし、乗り込んだ車内は、タイの特急のようなオンボロさはなく、とてもスマートで明るかった。
ほぼ満席に近い乗車率であったけれど、空席を見つけることができた。
車内にはやはり行楽に出かけるグループがたくさん乗り合わせており、午前中と言うのにもうお酒が入っている女性たちもいた。
[イギリス女性は濃いめの化粧が一般的らしい]
11時半前、リーズに到着。
ここでランカスター行きの電車に乗り換える。
いままでリーズと言うイギリスの街の名前は耳にしたことがあったけれど、それがどんな街であるのか全く印象がなかった。
ヨークシャームーアにある田舎町だろうくらいにしか思っていなかったけれど、電車がリーズの街に差し掛かって、車窓に見えてきた街の景色は、ゴシック風の大きな建物があったりして、中世的な雰囲気の残る趣たっぷりの街であった。
ここからランカスター行の電車の出発時間までは30分ほどあり、そのかんちょっと街歩きをしてみたいと思ったのだけれど、ハルやセルビーの駅には見かけなかった改札口がリーズの駅にはあった。
つまり駅の出入りには改札口を抜けなくてはならないが、私の切符は途中下車が認められるものなのかがわからない。改札を出たとたんに切符を回収されたら大事になる。
そこで街歩きは断念し、駅のホームでちょっと早めのランチにすることにした。
ランチと言っても持参のパンと菜ッぱ、そしてイワシの缶詰。
冷たいランチであるが、イワシの缶詰は、チーズ以外では久々の動物タンパクでもある。
つまり、私にとっては御馳走のようなもの、
丸いパンをかじり、菜っ葉にイワシのトマト煮を包んで食べる。
こんなモノでも美味しいと感じられるのは、やっぱり幸せなんだろう。
今の世の中には美食があふれ、飽食だの、フードロスだの言われているけれど、こんな素食を口にして、美味しい、食べられて幸せだと感じられることは良かったと思う。
[キャリーバッグは食卓にもなる]
パンをかじっている最中にもリーズの駅には次々と電車が発着している。
交通の要所うというのか、電車の発着ぶりや、人の流れを見ていると新宿駅のように感じられてくる。
新宿は東京でももっとも混雑する駅の一つだけれど、リーズは首都ロンドンから遠く離れた、地方都市である。
にもかかわらず、こうしてたくさんの人が乗降し、電車が出入りしているというのは、イギリスでは鉄道が交通機関としてまだまだ王道を走っていることを示しているのかもしれない。
出入りする電車は、通勤電車風から先鋭的な特急まである。
そのな特急を見ていたら、AZUMAと車体に書かれた特急も入ってくる。
うる覚えだけど、数年前に日本の日立がイギリスに売り込んだ特急だと思う。
こんなところで日本製の電車に出会えるとは思わなかった。
[日本製特急アズマ]
ハルを1時間早い電車で出発したものの、けっきょくリーズからは予定通り、12:18発の電車に乗ることになった。
これもディーゼルカー。
ローカル線を走る各駅停車のようだけれど、車内はここまで乗ってきた電車と比べて遜色ない。
ランカスターまでの約2時間。
ヨークシャームーアの丘陵地帯をのんびりと走る。
ヨークシャームーアでは季節になるとヒースと呼ばれる丘を覆うように茂る低木に紫色をした花が咲いて、一面が紫色に染まりとても美しいと聞いたことがあるが、まだこの目で実際に見たことがない。
一度見てみたいと思っている。
きっとこのランカスターへ向かうローカル線の車窓からもそんな景観が楽しめるのではないだろうか。
[ヨークシャームーアの荒涼とした土地にも集落が見える]
ヨークシャームーアではもう一つ、ブロンテの「嵐が丘」の舞台ということでも記憶がある。
実は嵐が丘の小説そのものを読んだことさえないのだけれど、ヨークシャームーアの荒涼とした土地が嵐が丘の小説の舞台であることは聞き知っていた。
母はこの嵐が丘の小説を若いころに読んでいたそうで、この小説の中で描かれているヨークシャームーアの荒涼としたイメージは恐ろしいほどだったと話して聞かせてくれたことがある。
また作中の人物たちの人間関係もヨークシャームーアの情景に劣らないくらい荒涼としたもの、そしてその底流に愛憎が流れていることなどを話してくれたことがある。
ランカスターでは10分ほどの待ち合わせで、電車を乗り換えることになっている。
ランカスターの駅に北側から入る手前に、川が流れており、そこにかかる橋から眺めたランカスターの街はとても情緒があった。
丘の上には、大聖堂がそびえ、川沿いにはグレーの屋根とレンガ色の濃淡でシックな街並みで中世的景観が広がっていた。
このランカスターもちょっと歩いて回ってみたいと感じさせたが、10分の乗り継ぎでは時間が足りない。
しかし、定刻通りにランカスターに到着したものの、乗り継ぎする先の電車はストで運休と電光掲示板に表示されていた。
この電車はロンドンからスコットランドへ向かう全席指定の特急列車であったけれど、運休となっては指定席も意味がない。
さて、どうしたものかと呆然としていると、しばらくして別の特急列車が隣りのホームにホームに入ってきた。
アナウンスに耳を傾けてみると、グラスゴーへ向かう特急らしい。
ということは、私が乗れなかった特急と同じ方向へ向かう後続列車らしい。
大慌てで跨線橋を渡り、出発しようとしている特急のホームで駅員を探す。
しかし、ホームに駅員の姿は見えない。
ならば運転手に聞いてみるまでと、荷物を抱えてホームの先端まで走る。
が、しかし私が乗って行きたかったオクセンホルム・レイクディストリクトには停車しないそうであった。
オクセンホルム・レイクディストリクトへ行く次の電車は3時少し前だそうだ。
そうするとしばらく時間があるので、駅の外へ出てみる。
この駅にはリーズのような改札口がないので出入り自由のようだ。
[ランカスター駅裏の丘にそびえる大聖堂]
駅のすぐ裏の丘の上には、大きな教会があり、観光名所にもなっているらしい。
石造りにゴシック風の建物に入るには入場料もかかるようだけれど、外から眺めるだけでも満足できる。
それから丘を下り旧市街の街へ入る。
[なんとなく中世風の趣のある街並み]
旧市街の奥には教会の尖塔も見えるし、土曜日だからか、石畳の道ではなにか催事で見やっているのかテントが張られ、横断幕や旗がかかっていた。なんとなく誘われる雰囲気もあるが、電車に乗り遅れては困るので、駅へと戻る。
わずかな時間ではあったけれど、ランカスターと言う町の散歩も面白かった。
だいたい今まで、ランカスターと言う町がイギリスのどこにあるのかさえ知らなかった。
バンコクで通勤する途中に数年前、ランカスターと言う名前のホテルがオープンしていたのでランカスターという名前は身近に感じていた。
スクンビット通りのランドマークホテルと同系列のホテルで、ランドマークホテルもイギリス風の印象が強いホテル。
ビールのグラスもパイントとなっていたりする。
[丘の上の教会へ通じる門]
ランカスターからの特急はたったひと区間だけの利用。
乗車時間も10分ほどと短い。
車両は"Avanti"と書かれた高速列車で、車内は新幹線のようだ。
新幹線よりも、もっとゆったりした雰囲気がありのは、大きなテーブルを挟んだ席があったり、シートもゆったりしているからかもしれない。
しかし、座席は固定式のため私は10分ほど進行方向に対して背中を向けていることになった。
[特急Avantiの車内]
ハルをスタートしたのは、予定よりも1時間早かったけれど、オクセンホルム・レイクディストリクトへ到着したのは午後3時過ぎ。
予定よりも30分遅れている。
このあと最後の行程となりウィンダミアへ行く電車は、ローカル線なので1時間に一本あるかないかで、次の出発は3時半過ぎと時刻表にある。
つまり、予定より1時間の遅れが出ることになる。
しかも悪いことに、電光掲示板には運休と表示されている。
これもストの影響らしい。
駅の係員に相談したら、3時半過ぎに代行バスが来るから、それに乗れという。
ほんとうはこの湖水地方へ向かう電車に乗るのを楽しみにしていたので、バスよりも電車に乗りたかったが、電車は5時過ぎまで来ないそうだ。
[予定より30分遅れてオクセンホルム・レイクディストリクト駅へ到着]
30年前に母と湖水地方へ行った時も、この駅で電車を乗り換えた。
ロンドンからのHSTという特急列車でやって来て、ここからはレールバスのようなかわいらしいディーゼルカーにコトコトと揺られた。
それがとても情緒があってよかった。
ウインダミア行きのホームは30年前と変わっていないようで、いまにも小さなディーゼルカーが丘の向こうから弧を描いて入ってきそうな気がするが、ストで運休。
駅裏で代行バスを待つ。
15:40にバスは来た。
他にも湖水地方へ向かう乗客を乗せる。
そして、ウインダミアへ直行するのではなく、集落ごとに街道を外れてはもともとの電車の駅のある方へ回り込んで乗客を乗り降りさせるので時間がかかる。
そして大きなバスが走るには集落の中の道は細すぎるようだ。
道路の両脇はこのあたりの土地に多いのだと思われるスレート風の石が積まれた壁になっている。
もっとも、スーっと走り抜けてしまう電車と比べて、バスは集落の中をウロウロするので、窓から外を眺めている分には十分に面白い。
[ウィンダミアへの代行バス]
16:20、当初予定より1時間半遅れでウィンダミア駅前に到着。
駅舎はBoothsというドラッグストアのチェーンになってしまっているが、なんとなく懐かしい。
ここから今夜の宿、ホークスヘッドのユースホステルまで歩く。
距離にして約10km。
途中でウインダミア湖をフェリーで渡るが、順調に歩けば日没までには宿へ到着できそう。
それにしても、直線距離200kmほどなのに、丸1日がかりの移動になるとは、これも旅の楽しみ。
丘の上にあるウィンダミア駅から坂を下るように観光地らしい町並みを歩いていく。
ペンションやレストラン、土産物屋などが道の両側に続く。
そこを歩く人も観光客と一目でわかるような人たち。
ここは日本の軽井沢みたいな感じなのだろうか。
30年前に母と来た時は、見栄もあってウインダミア湖の湖畔にあるオールドイングランドホテルという古い石造りのホテルに泊まった。
しかし、今回は一人旅だし、なにより節約旅行を楽しんでいるので、少しでも宿賃や交通費、食費を節約するべく、ここ湖水地方ではユースホステルに泊まることにした。
イギリスのユースホステルの嬉しいことは、安いだけではなくキッチンがあって自炊することが可能らしいということ。
鍋や食器類はキッチンにあり、宿泊者が自由に使えるらしい。
ならば究極の節約で自炊するのが一番だけれど、残念ながら自炊するには食材、それも調味料の調達が必要となる。
結論として、冷凍食品を持ち込むことを考えた。
湖畔へとダラダラと続く道を歩いていく途中に、COOPがあった。
つまり生協。
生協会員でなければ利用できないのではないかと思ったが、だれでも買い物ができるらしい。
この生協で、今夜の夕食をそろえることにする。
電子レンジもあることだろうから、久しぶりに温かい食べ物も食べられそうだ。
[コンビニと同レベルの生協だけど、周囲の景観に配慮している]
イギリスの生協はオランダのJUMBOより値段が高いのだろうか?
それともここは観光地料金ということなのだろうか?
期待した冷凍食品も、思っていたより値段が高い。
5ポンドとか平気で表示されている。
結局買えたのは、小さなCOOPピザ2枚。
小さいだけではなく、とても貧弱だけど、1枚が0.90ポンドで冷凍食品の中では群を抜いて安い。
フォスターの缶ビール4本セット。
フォスターと言ったらオーストラリアのビールのイメージだったが、イギリスでもメジャーらしい。
これは1パイントの缶ビールで4本が4.25ポンドだから、タイのチャーンビール並みで嬉しい。
最後にパンをひとつ。
細いフランスパンみたいなもので、JUMBOがもう懐かしくなる。
〆て6.50ポンド。
この湖水地方へ来るのは今回が3回目。
しかし、ウィンダミアの駅から湖畔まで歩くのは今回が初めて。
以前はバスやタクシーを使っていた。
湖畔ならフェリー乗り場までは何度か歩いたことがあり、歩いてもたいした距離ではなかった記憶があるのだけれど、今回感じたのは、湖畔からフェリー乗り場が記憶に反して意外と遠いということ。
たぶん駅から湖畔まではほんどどが緩やかな下り坂だったので、距離があっても楽だったのに対して、湖畔ではアップダウンがあり、しかも荷物を持っているので、歩いても歩いても、あれへんだな、まだ着かないぞ、フェリー乗り場が移転したのかと訝りながら歩いたためだろう。
[以前宿泊したオールドイングランドホテル、左手にそっけない新館を増築していた]
そのフェリー乗り場へは5時少し過ぎに到着。
ちょうど
対岸へ渡るフェリーが出たばかりであった。
このフェリーは20分間隔で運行しており、乗り場でしばし待つ。
フェリー乗り場の近くにはヨットハーバーがありたくさんのヨットが係留されていた。
こんなところにヨットを持っているなんて、このあたりにはお金持ちの別荘がたくさんあるのだろう。
[ここはお金持ちの避暑地なんだろう]
フェリーには車も自転車も乗り込む。
これも軽井沢と似ていて、この町にはレンタサイクルもあるようで、駅前でも自転車を貸していたけれど、どうして自転車を借りるのにこんなに高いのかと思うほどレンタル料が高かった。
スコータイのレンタサイクルほど安い必要はないが、手ごろな金額なら借り出そうと思ったけれど、1日の借り賃で日本ならママチャリの一台も買えてしまいそうなくらい高かったのであきらめた。
対岸までの乗船料は1ポンド。チャオプラヤ川の渡し船が最近値上げをしたけれど、ここのフェリーと比べると1/4の金額。
そして、支払いは現金不可とのことで、たった1ポンドだけれどクレジットカードで支払う。
タイならばたいてい200バーツ以下はカード利用不可とかなのに、こちらでは少額でもカードがあたり前のようだ。
[対岸から戻ってきた渡し船]
このフェリーはケーブル式と言う推進装置で、スクリューを使わない。
対岸との間にケーブルが伸びていて、そのケーブルを手繰り寄せるようにして前へ進むタイプだそうだ。
乗船客の船室、と言っても壁際にベンチがあるだけだけれども、それが船体の片側に寄っている。
そして、その上に操舵室がある。
船の説明書きが書かれているので読んでみたら、この渡し船は30年以上前から使われているそうだ。
つまり前回来た時もこの船に乗っていたことになる。
そういえば、あの時もこんな船だった記憶がうっすらわいてくる。
[こんなベンチに母と並んで座った記憶がある]
対岸へ渡ったところにトイレがあった。
しかも無料。
こちらへ来て、トイレがほとんど有料なので、いつも無料のトイレを探している。
電車に乗っているときは電車のトイレが無料で使えるので問題ないが、駅のトイレは有料が多い。
運よくこれまでのところトイレにお金を払うことなくここまでこれた。
対岸に渡ってからが長い道中となる。
最初の丘を越えてピーターラビットのふるさとソーリー村。
さらに進んでまた丘を越えるとエストウェイトウォーターと言うウインダミア湖より小さな湖になり、その南岸を回り込んで西側へ回り北上したところで今夜の宿があるホークスヘッドに至る。
時刻は5時半を回っており、まだまだ日照時間が長いので日没の心配はないが、歩く距離としてはまだ半分も来ていない。
[湖水地方はなだらかな丘の連続]
ウインダミアの旧軽井沢的な雑踏は対岸にはなく、なだらかな丘陵は牧場となっており、羊が飼われていたりする。店とかも少なく、その代わり農家がある。
ちょっと華やかな建物があったりすると、だいたいがペンションのような宿屋だったりする。
丘の上には教会がある。
30年前は牧場の中を歩いたものだった。
牧場や緑の丘にはトレイルがあり、散策できるようになっている。
こんなところをトレッキングしたら気持ちよさそうだけれど、こちらはキャスター付きの荷物を引きずっているので未舗装の土の道や牧草の上は歩けない。
舗装された細い自動車が行きかう道を歩くことになる。
[INNと書かれたペンション風の宿屋]
30分ほど歩いてソーリー村。
ピーターラビットを書いたベアトリクスポターの家があったヒルトップ農場に至る。
ここは第一級の観光地であるのだけれど、ポターが推奨したナショナルトラスト運動が定着しているのか、もともとの景観を崩すような宣伝物などはまったくない。
土産物屋なども見当たらない。
ここには花の咲く鉢植えで飾られたペンションがあり、ポターの博物館がある。
[ソーリー村、どこも美しすぎる]
30年前も母とここまで歩いてきた。
もう午後も遅い時間だったけれど、まだ昼食も食べていなかった。
小さなペンションに入って、何か食べるものはないかと尋ねたら、ちょうどお茶の時間だというので、今でいうアフターヌーンティーのようなものをいただいた。
母はスコーンと言うものを始めて食べたが、美味しいねぇと言っていた。
私はこんなものじゃ少しも胃にたまらないなと感じながら食べた。
あの頃と風景は変わっていないようだけれど、観光客の姿は今の方が何倍も多い。
観光客と反比例して、以前はよく見かけた野兎を、今回は一匹も見かけていない。
[あの時入ったペンションがどれだったのかはっきりしない]
そろそろ太陽も西の方に沈みかけてきて、木立ちとかの影がだいぶ長くなってきた。
エストウェイトウォーターからホークスヘッドまでの道はメンテナンスが今一つなのか、舗装がガタガタなところが多い。
路面が滑らかでないとキャリーバックを引っ張るのに要する労力が何倍にもなるので、少しでも路面の良い側へと、小道を左右に揺れるようにして歩く。
車はほとんど走って来ない。
[どうして、どこもかしこも綺麗なんだろう?]
7時少し前。
なんとかギリギリ日没前にユースホステルに到着。
ここはBooking.comというホテル予約サイトから予約したのだけれど、ここと明日のウィンダミア・ユースホステルの2泊分でタイバーツで2,342バーツであった。
それぞれの宿がいくらずつだったかはまとめてカードを切ったのではっきりしないが、明日の宿は個室で、今夜はドミトリーと呼ばれる相部屋だから、今夜の宿は一泊当たり700バーツくらいではないかと思う。
つまり今回の旅行で一番安い宿ということになる。
[ホークスヘッドのユースホテスル入り口]
しかし、まるで地方の郵便局みたいなしっかりした建物で、庭も広い。
庭ではキャンプをしている人たちもいる。
今夜の部屋は8人くらい収容できる部屋で、すでにいくつかのベッドには荷物が置かれていたが、みんなまだ外へ出ているのか部屋の中には誰もいなかった。
[レセプションのある宿泊棟以外にキッチンやラウンジは別棟にあり、キャンプ場もある]
さて、今日はたっぷり歩いたので、まずは街で買った缶ビールで乾杯とする。
冷蔵庫で冷やしていないけれど、気温が高いわけではないし、それにこの常温で飲むフォスタービール、なかなか美味しい。
ビール本来の味や香りを感じられというほどのビール通ではないけれど、タイでは絶対に感じられない常温ビールのうまさを感じた。
[ファスタービールで乾杯]
ビールを飲んだら続いて夕食。
キッチンへ行ってみると、たくさんの人でごった返していた。
みんな食材や調味料持参で、料理をしている。
サロン風のところでは盛大に食べて、飲んでいる。
ユースホステルなんかに泊まるのは、高校生の時以来だから40年ぶりということになるが、このキッチンで調理をしている人たちは、ほとんど40歳以上と見受けられる。
若者と言える人は子供を除いてほとんどいない。
それに日本のユースホステルも今は昔のように飲酒禁止とは違うかもしれないが、ここではみんな盛大にビールを飲んだりワインをつぎあったりしている。
そんな中で、私一人、電子レンジで質素なピザを温めて食べる。
ビールも飲む。パンもかじる。
久しぶりに温かいものを口にした。
しかし、周りの本格的なテーブルと比べて、なんてささやかな夕食なのだろう。
周りと比較できてしまうというのは、人生の幸せを奪うことになるのかもしれない。
使った皿を洗っていると、スパゲティーのミートソースが入った鍋の中身をゴミ箱へ惜しげもなく捨てている女性がいた。
きっと食べきれなかったのだろう。とても美味しそうな匂いをキッチンの中にまき散らしていたが、こうして捨ててしまうとはもったいない。
捨ててしまうのなら、私が鍋を洗うから食べ残しを分けてほしいと言いたいくらいだった。
しかし、どのように英語で伝えたらいいのか、頭の中で構文を考えているうちにゴミ箱のふたは閉じられてしまった。
夜9時、外に出てみると丸い月が山の稜線から登ってくるところだった。
やっと念願の湖水地方へたどり着けた。
月に向かって手を合わせて感謝する。
[今宵は十五夜、お月見の晩であった]