私は悩んだ。小鳥のピョンを連れ出すことを禁止されたら、手荷物の中にでも隠して飛行機に乗りこんでしまおうか、それともピョンを諦めて新しい飼い主を探すべきだろうかと、、。
朝一番に、農業省へ行き、昨日の日本航空とのやり取りについて説明をし、出国許可の有効性の確認をしてもらった。検疫所の係官や獣医さんも応援してくれて、森林局の出している「鳥類出国禁止令」の趣旨は、タイから海外へ鳥インフルエンザの拡大を防ぐのが目的であり、インフルエンザに感染していないことが証明された鳥に関して、「農業省が発行した出国許可は合法的なものである」と粘ってくれたのだが、判明したことは、鳥インフルエンザはタイ国にとって大変に深刻な問題であり、この通達は全国の空港税関にも通知されていると言う。そして、その通達書類をファックスで送ってきた。
お粗末な敗北であった。結果的に、農業省が出した出国許可はそもそもが禁止令のもとでは無効なものであったのだ。そして、さらに愕然としたのは、無効な目的のために手続きを行ったのであるから、検疫証明も無効になると言われ、「今回の手続きは何もなかったことにする」と係官に言われ、昨日もらったばかりの証明書類をコピーを含めすべて返却するように命じられてしまった。
最悪は、タイの法律に反しても、以前チェンマイの森林局所長さんが言われたように、ピョンをポケットにでも入れて連れ出してしまえば、、と言っていたことも、検疫証明までが没収されてしまった現在。日本の検疫もパスできず、完全に退路を断たれた事になってしまった。
なお、係官は、「タクシン首相も今月中に鳥インフルエンザを撲滅するように指示しているし、やがて収まって、禁止令も解除されるはずだよ」と言ってくれたが、私はファックスで送られてきた通達を見て、これはもう絶望的だと思ったのである。それは、通達の発効日が今年の1月だったからである。タイ政府は今年の春には「国内での鳥インフルエンザ収束宣言」をしており、タクシン首相も国産の鶏肉を食べて安全性をアピールするような宣伝をし、日本などへタイ産の鶏肉の輸入再開を強く要望していたにもかかわらず、その一方で、このような「鳥類出国禁止令」だけは、誰にも省みられることは無く存在しつづけていたのである。と言うことは、今後、またなんとん鳥インフルエンザが収まったとしても、この禁止令は残ってしまうだろうと思えたからである。
もう、ピョンを里子に出すしかない。里親を探すためにも、明日の帰国は無理となり、飛行機の切符をキャンセルする。
洋服屋から電話が入り、仕立てが完了したから取りに来るようにとのことであった。が、受け取りに行ってみるとスーツは満足のいく仕上がりなのに対して、シャツは袖丈が少し短い。店主は恐縮し、月曜日の正午まで待って欲しいと言う。どうせ、明日の飛行機はキャンセルしてしまったし、月曜日まで待たせてもらうことにする。
他にも帰国延期の問題は波及し、中古車屋から、電話が入り、「ビートルの名義変更を今日中にしてもらわなくては、週末はできないんだからね」と言われる。そうであった。ビートルを今日中古車屋に引き渡す約束になっていたのである。が、帰国が延びたことで、今日渡すことができなくなってしまった。詫びを言って取りあえずいつでもビートルを引き渡せるように、名義変更だけは今日中にしておくことにして、陸運局事務所へ行く。
夜、夕食を台湾食堂で食べる。ピョンを連れかえれなくなった以上、当初の計画通り、台湾で数日遊んでから日本へ向かうこととする。それにしても、この数週間の役所や航空会社通いは一体なんだったのだろうか?それと、8月からの体調不良や、身の回りで発生するトラブル、まるで溺れる犬をこれでもかと言わんばかりに、棒で叩いたり、石を投げつけたりしているような環境にあった。そして、その溺れる犬がまさに私である。チェンマイの印象は、きっと最初に考えていたように、7月中に帰国していれたら、今のように印象が崩れなくて済んだものをと後悔する。