11月15日 月曜日 雨

 朝から雨、それも冷たい雨が降っている。作らなくてはいけない書類もないし、出かけなくてはいけない場所もない。家の中でじっとしているだけである。人間、暑いところへ行けば、暑さでダラダラしてしまいがちだし、寒ければ寒いで、動きたくなくなってしまうから、もともと怠惰になるように運命付けられているのかもしれない。

 午前中、先日図書館で借りてきた「おどろき気、ももの木、台湾日記」と言う本を読む。この本は台湾男性と結婚して台湾に住む日本人女性数人が、台湾での生活習慣での戸惑いなどを書き綴ったもので、読んでいて実に面白い。書いている人たちの体験などを行間には「なんで、こんななのここの人たちって」と言った不満が垣間見られる。台湾で、生活をしたことの私には、ただ「へーぇ、いやぁ大変だぁ」とニヤつきながら読めるのだが、生活習慣の違いや、誤解など、私たちのチェンマイでの生活でも日常茶飯事で、私だってついつい「まったく、タイ人はぁ」と書き出しかねない。しかし、不満があろうと、戸惑いがあろうと、そこで起きる事象は、まずはそのまま受け入れてしまわなくてはならないと言う、ひょっとしたら諦念に近いくらいの感覚には、実のところ共感を禁じえない。
 また、この本を書いている人たちは、女性であり、異文化の家庭に入っての悪戦苦闘であるから、私たち家族のように、チェンマイに居を置いていても、家庭内での生活の流れそのものは東京と大差のないモノとは大きく異なってもいた。書き手側の「ちょっとは面白く」と言うラインがあるのかもしれないが、彼女たちの体験談はまさに、異文化との壮絶なバトルであり、その中から、自分たちの生活の方向を定めていくあたり、さすが「女は強し」と感心してしまう。
 なお、この異文化、異質な生活習慣の中で、特に目立っているのは、個人主義と言うかプライバシーの取り扱われ方である。日本人と中国人(台湾人)を比較すると、一見、中国人の方が個人主義的に感じるが、個人と言う枠の範囲が日本人と中国人の場合大きく異なるようだ。日本人の場合の個人とは、ズバリ自分一人のことを示すものであるのに対して、中国人の場合、自分と身内、または親しい関係者までを個人、またはプライバシーに抵触しない範囲と認めているように思える。これは韓国人でも同じようで、韓国人の場合この範囲は「情」と読んでいる世界と重なり合う。タイ人もそうだったように感じる。そして身内と他人の間の溝は非常に深く、身内内には敷居がない。そのため、日本人が彼らと親しくなると、親子兄弟並に親しく受け入れられるが、逆に日本人にしてみれば、それがプライバシーの侵害とも受けとめられやすい。このあたりが、異文化社会の人たちと親しくする場合の注意点なのだろう。まったくの善意から発生する迷惑とも言いかえられるだろうか、、。

 チェンマイK.K.トラベルの経営者からのメールが届く。取引上の契約に関する相談のメールであったが、どうしてそんなことを私宛てに相談してくるのかと頭を抱えてしまう。そして、支払いの条件がどうなっているのか判らないから確認して欲しいと言う。オイオイどうなってんだよ、、。契約に関して先方と面談したのは私ではなくて、経営者本人ではなかったのかよぉ、、。しかも、私がチェンマイを去ってからの話なんだし、一応、私も先方とは面識があるにはあるが、面識があるからこそ、それを一体どのツラ下げて、「えー、この契約の内容はどうなっているものでしょうか」などと聞けるものだと言うのだろうか、、。そして、メールの最後に、「今晩からギフト君と一緒にシンガポールへ行って来るから、19日の帰りまでに連絡ちょうだい」と添えられていた。会社が今どのようなピンチにあるのか、経営者は丸で無関心なのだろうか、無能、無責任を通り越して、飽きれるばかりだが、放っておいたら先方様にも迷惑がかかりそうである。ここの人たちと言うのは、まったく気安く人を使ってくれるものだ。取り敢えず、K.K.のジョン君に現在の進行状況確認のメールを打っておく。

前日へ 翌日へ