9月21日 土曜日    天気は曇り ときどき雨 

 寝ているうちにパソコンのクラスタチェックは完了していた。しかし、パソコンの内部からは「カッカカッカカ、カリカリカカ・・」と言った音はしょっちゅう出てくるし、今まで作成してきた書類なども漢字の一部が文字化けしてしまっている。なんでもない操作でもエラーを吐く。これはどうやらOSのシステムファイルにもかなりの損傷が発生しているものと思われる。デフラグをかけてみようとしたが、Cドライブのデフラグだけでも3時間かかっても終了せず、これはパソコンのハードディスクの初期化とOSの再インストールが必要なようだ。

 昼に優泰の日本人補習校で担任の先生との保護者面談を受ける。先生から指摘されたのは、夏休みが明けてから優泰日本語能力が低下しているとのことであった。一学期まではちゃんと平仮名が書けていたのに、二学期になったら書けない平仮名が増えだしてきて、おまけに文章理解能力が弱い言われ、家庭内でもつと日本語に接する時間を持つようにとのことだった。でも、まぁいいだろう。日本語も英語も韓国語もタイ語もそんな一度にいくつもの言語に接するような生活をしていて、一般の日本人の子供同様の文章理解力を持つのは不可能である。それでも、いずれは理解力を付けていくことだろうし、心配しても仕方がない。それよりむしろ現在のこの環境が本人の価値観の創生に役立つように見守ってやろうかと考える。

 午後もパソコンの初期化について検討する。どう考えても初期化は不可避のようだ。しかし、初期化してしまうと今まで作成してきたデータもすべて消えてしまう。本来ならばデータのバックアップを取っておくべきなのだが、外付けのハードディスクやCDR/Wを持っているわけでなく、ギガを越える容量をフロッピー百枚に保存するのもナンセンスである。しからば、お母さんの中古パソコンにバックアップファィルを置くことを考え付き、実行してみたが、100BTのクロスケーブルでつないで一時間近くかかってバックアップファイルを転送していたにもかかわらず、あとちょっとと言うところで、お母さんのディスクが満杯になってしまった。あまりに古いパソコンのためにディスクそのものの容量が全部で2ギガしかなかったのである。

 バックアップが無理とすれば、プログラムなどは後から再インストールすることとして、まずはドキュメント関係のファイルを優先してお母さんのパソコンに保存させることにした。これらのファイルだけで300メガもある。それからパソコン内に保存してある各種のIDやパスワードをひとつずつメモに控える。そして、ついにパソコンの初期化を実行する段取りに入る。
 起動ディスクのフロッピーOK、OSバックアップのCD−ROMもOK。いざブートをかけて起動フロッピーを挿入。パソコン画面がDOSモードになって動き出す。「ついにやってしまったか」とため息が出たが、次の瞬間、CDドライブを認識できないと表示してきた。起動ディスクのREAD MEを確認すると、この起動ディスクで認識するCDドライブはNEC製のいくつかのCDドライブだけであることが判明。その他の外付けCDドライブについては、コンフィグのシステムファイルを書きかえる必要があると言う。しかし、その書き換え方については、NECの説明書には何も書かれていない。いったい何をどう書き換えたら言いのだろうかと一時途方にくれたが、ここでやめたら「男が廃る」、いやパソコンがダメになると思い直し、READ MEをなんども読み返してみる。するとファイルに書き加えるべき一文の例が示されていた。書き加えるべきことは、ドライブのドライバーフィイルの名称とPCカードのドライバー名称であった。

 苦心惨憺で、なんとか起動ディスクにCD−ROMドライブの情報を書き加えて、初期化を再開。ようやくハードディスクのフォーマットが始まる。画面には35分かかると表示されたが、私のパソコンはフォーマットがうまくできないのが、途中でなんども作業が立ち往生する。ふだん、損傷してしまっているクラスタあたりに差し掛かると動けなくなるのだろう。フォーマット作業には2時間を要してしまった。しかし、フォーマットした後は、OSの再インストールもスムースでほとんどの作業は深夜には終了した。明日は退避させておいたドキュメント関係の修復やプログラム関係の再インストールをすることにしよう。

朝食

チェリーブランドの納豆の残りを食べる。

昼食

夕べ食べ切れなかったヤムクオッティオ(クオッティオうどんのタイ風サラダ)。

夕食

タイ・キューピーのスパゲティーソース缶詰をあけてスパゲティーを食べる

前日へ  翌日へ