10月16日
土曜日 天気は晴れ
5時前に宿屋を出て、駅まで歩く。まだ真っ暗で、空にはオリオン座が輝いている。ご来光見物に行く人相手に朝食用の牛乳や饅頭などを売る移動販売が軽トラックで出ている。
ご来光見物は、祝山と言う山へ登り、新高山として知られる玉山から登る朝日を見物するもので、美しい山並みと、下界に広がる雲海で人気が高い。私も過去に何度か登っているが、雨に降られたり、霧に包まれたりで、ご来光が拝めたのは、半分くらいである。しかし、今日はこうして星が出いるので大丈夫であろう。
祝山までは、阿里山駅から日の出時刻に合わせて汽車が出ており、今朝の出発時刻は5時20分となっている。阿里山に来たほとんどの人たちがこの汽車でご来光見物に出かけるからだろうか、夜明け前のホームは人で埋め尽されていた。まるでお正月の初詣に出かけるような気分である。
暖房設備もない小さな客車に揺られること20分ほどで祝山に到着。今朝の日の出時刻は6時18分とのことであったが、もう既に空は明るくなっていた。駅から更に坂道を登り、展望台でじっと朝日が顔を出すのを待つ。寒さは足元から登ってくる感じで、おもわず足踏みをしてしまう。この展望台周辺にも朝食を売る移動販売が出ていた。
先ほどまでの星空が消えて、すこし紫かかった空が広がっており、雲一つ見えない。そして、下界にはまるで氷に覆われた巨大な湖でも横たわっているかのような雲海である。絶好の条件が重なっている。そして、日の出時刻には正確に太陽が見え始めてきた。はじめは十文字に光線を放ったかと思うと、徐々に明るさを増しながら、空の色を変えていく。日本のお正月の日の出見物なら必ず「バンザーイ」の声が上がるところだが、ここでは万歳を叫ぶ人はいなかった。その代わり皆記念撮影に夢中である。でも、日の出をバックに撮影しても逆行になるだけではないだろうか、、。
祝山から下山し、昨夜と同じ食堂で朝食を食べる。鍋貼と言う焼き餃子、小籠湯包などを食べる。この小籠湯包はお母さん、優泰ともに好評であった。
8時に下山用のバスの切符を買いに行ったところ、「バスが走るかどうか10時にならないと分からない」と言われる。麓の嘉義の町とこの阿里山との間にはバス便もあり鉄道より安くて早いのだが、しかし、途中の道路が何箇所も崩れて危険なため、このところバスは運休が続いているのだそうだ。明日には日本へ向かう飛行機に乗らなくてはならないので、今日中に下山する必要がある。バスが運行するかどうか待っていたら、気が気でしはない。私は帰りも汽車で下山することにした。
午前中の2時間ほどを阿里山の周辺をハイキングする。有名観光地だけあり、コースはよく整備されている。梅林を抜け、杉木立の中を進むと、姉妹潭と言うきれいな池に出た。姉池と妹池があるが、姉池のほうが断然大きく、また美しかった。そして、この池にまつわる伝説が池のほとりに中国語、英語、日本語で書かれていた。それによると、山岳民の伝説で、昔美しい姉妹がいて、その2人が同時に同じ青年を好きになってしまった。しかし、姉妹の関係を傷つけることもできず、この池に身を投げてしまったと言うことである。しかし、どちらの池に身を投げたとは書かれていない。
昼食も、3回続けて同じ食堂で食べる。やはりキャベツ炒めは美味しい。焦げ色もつかず、シャキシャキの歯ざわりで、日本ではなかなか食べられない。味である。他に牛肉麺や排骨飯、チャーハンなども注文。お昼からちょっと食べ過ぎてしまった。
午後1時45分発の阿里山鉄道は、8割程度の乗車率であった。登りは満席だったのに、こうして2割も乗客が減っているのは、今日は下山するバスがあったと言うことであろうか、、。
奮起湖の先の不通区間でやはり歩かされ、不通区間を見て見ると、約100メートルに渡ってがけ崩れになっている。そして、その崩れたところに、レールがひしゃげながら宙に浮いているのが何とも生々しい。
5時半過ぎに嘉義に到着。明日のこともあり、台北の空港に近い町まで出ておこうかと思っていたが、お母さんがバテている。私もちょっと疲れたので、このまま嘉義の町泊まってしまうことにした。私はお母さんと優泰を駅の待合室に残して、一人宿探しに出た。駅前には三流とおぼし気ホテルが何軒かあり、どれも駅前のビジネスホテルと言うよりもちょっと連れ込み宿の印象がある。でも、駅に近いので便利そうだ。ちょっと覗いてみようと入ってみると、一応ロビーもレセプションもある。名前は白宮大飯店(英語名はなんとホワイトハウスホテル)で、受付の女性の感じも悪くない。まともなホテルじゃないか、、。一泊1100元と言う宿泊料を1000元にしてもらったベッドが2台入った部屋には窓がなかった。
この白宮大飯店に荷を降ろし、優泰とふたりで嘉義の町を散策する。優泰の髪がだいぶ長くなっている。日本に帰ってから散髪したのでは散髪料も高くつくので、この嘉義の町で髪を切ってもらうことにした。路地裏にある小さな散髪屋で髪を切ってもらう。タイの床屋と違い、理髪師はバリカンを使わずハサミひとつでカットをしてくれた。が、やはりタイと比べて人件費が高いのか、子供の散髪料は洗髪無しで200元であった。
夜8時に、お母さんと遠東デパートへ買物に出る。「日本に帰国したら優泰の着る物がない」と言うお母さんは、「日本に帰ったらまず優泰のお洋服を買い揃えなくちゃ」と物騒なことを言っている。日本のデパートで子供服を買い揃えたら、それでなくても破産寸前の我が家の財政に与える影響は計りきれない。少しでも物価の安い台湾で秋冬物の衣類を買い込んでおくのが得策と私は考えた。
しかし、台湾の物価もだいぶ高くなっているのか、結構値段が高い。子供服とは言え千元以下の衣類などまずない。まぁ、セール品を選べば、日本の量販店価格並で買えないこともない。そしてデパートなので、クレジットカードが使えるのは助かる。結局5着ほどの衣類を購入。来月の引き落としまでには、定職について収入を得られるようになっていなくては、、。
夕食には、アルコール類を出さないファーストフード店風の創作料理の店に入って、私は麻辣火鍋と言うものを食べた。お母さんと優泰は、鉄板麺と牛カルビ入りのドリア。台湾最後の、いや、私の長かった休日の最後の晩餐にビールもないとはちょっと寂しいが、量だけは多く、満腹になってしまった。
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