7月11日 木曜日 天気は晴れ
はじめ入った時はどうなる事かと心配した巴都旅店も、眠ってしまえば意外と快適であった。蚊の侵入してくることもなく、外の騒音もなく、バンコクで泊まっている旅社よりもずっと快適な朝を迎えられた。それと、昨夜宿屋の親父さんと中国語で会話ができたのが良かったのだろう。なんとか言葉が通じるだけで安心感がだいぶ違う。この親父さんに、午後から時間があるのだけれど、どこか海辺に行きたいと言ったら、PCBが良いと教えてくれた。コタバルから車で10分ほど、乗合タクシーなら1リンギットだと言う。タイのビザを受取ったら早速行ってみようと思った。
タイの領事館までテクテク歩く。距離にして2キロとはないだろう。しかし、朝から日差しがずいぶんと強い。ネクタイこそ締めていないが、ワイシャツが汗でびっしょりとなる。
ビザはツーリスト(観光)ビザながら、無事に発行される。しかし、本当にこんなビザで良いのだろうかと心配していたが、ビザを見てなるほどと思った。昨日申請時に前回取得したビジネスビザが欲しいと行った時、労働許可書を持たない者にはビジネスビザを出せないと言われた。私はタイで雇用されていないし、タイで収入も得ていないのだが、、、と、言ったところ、「ならツーリストビザだ」と窓口で言われた。そして、今このツーリストビザなるモノを見ると「被雇用禁止」と書かれていて、「労働禁止」とか「業務禁止」などとは書かれていない。勝手に解釈すれば、タイの会社に雇われれば、タイ人の就業機会を奪う事になるから、ビザを出せないが、雇用されない限りは「何しても自由」とも判断できる。
さて、PCBとやらへ行ってみるかと、乗合タクシー乗り場をうろつくと、盛んに「○×アイランドへ行くんだろ」とタクシー運転手に声をかけられる。○×が良く聞き取れないので、文字で示してもらったら‘PERHETIAN
ISLAND’だそうだ。外国人観光客はみんなそこへ行くらしい。どんなところかと聞いたところ、凄く良いところだと言う。ならば行ってみるかと、タクシー代を聞くと「24リンギット」と答えが返ってきた。こちらの予算は1リンギットでPCBだったので、全然予算オーバーだ。しかし良く聞くと、これはタクシーをチャーターした値段で、相乗りなら1人6リンギットだそうだ。それにコタバルから40キロ以上も遠いと言うから、むしろ安いくらいだろう。
しかし、相客はなかなか現れなかった。結局、私はもうそのペルヘティアン島へ行く気になっていたので、途中まで同じ方向だと言うベールを被ったおばさんと二人でタクシーを借りきった。12リンギット。エアコンもないポンコツベンツのタクシーである。走る事1時間で、大きな川のほとりで降ろされた。なんの事はない、ここからは船で行くことになるらしい。小さな船会社の事務所には大きなリュックサックの西洋人たちがたむろしていた。船賃を聞いたら往復で60リンギットだと言う。高すぎると思ったが、後の祭。今更もどれない。「乗りかかった舟」である。
船と言っても小さなモーターボートであった。乗客は7人。河口からシャム湾に入ると海の色はエメラルドグリーンになった。モーターボートは波を蹴散らしながら、スピードを上げて進む。飛沫が容赦なく降りかかってくる。バタンバタンと船底を海面に打ちつける音がし、尻も少し痛い。痔持ちの人には勧められない。1時間ほどでそのペルヘティアン島が見えてきた。しかし、島ではなく諸島であって、大小2つの島から構成されている。どこのホテルに泊まるのかと船頭に聞かれたが、こちらはどこにどんなホテルがあるのかもわかっていない。「安いホテルのあるところまで」と答えたら「なら、ロングビーチだ、あそこが一番にぎやかだからな」と教えられた。
ロングビーチには桟橋はなく、こんな小さなモーターボートですら、浜辺に接岸せず、沖合いに停泊し、更に小さなボート(タクシーだそうで2リンギットとられた)に乗せかえられて上陸した。当てとてないのだが、昔のサムイ島を思わせるようなイメージだ。いや、サムイよりも海はずっと綺麗である。モーターボートが沖に停泊している時から、水深何メートルか知らないが、線上から海底のサンゴがはっきり見えるし、熱帯魚が泳ぐのさえ確認できる。こりゃとんでもなく海の綺麗なところへ来たようだ。
しかし、ここの宿屋は軒並み満室であった。宿と言うのが、昔サムイ島で私が1泊30バーツで泊まっていたような、小屋なのである。屋根はトタンか椰子の葉ぶき、壁は良いもので、竹か椰子を編んだもので高床式、粗末なところは廃材を打ちつけただけで、まるでバラック同然である。それがどこも満室だと言う。島の中には車はオロカ、バイクが走れる道すらない。島内の移動は、ジャングルの獣道を歩くか、ボートを雇って海岸線を行くかだ。何軒目かでロックガーデンと言うビーチの一番外れの宿屋に辿り着き、そこも満室と断られたが、「島の裏側のアウルビーチへ行ってごらん、そこなら部屋はあるだろう」とのことであった。行き方は獣道を15分ほど歩くのだそうだ。
汗だくになってジャングルの中の細い道を歩く。高低差もあって荷物を持つ身には辛かったが、ジャングル探検をしている気分にはしてくれた。アウルビーチには宿に空室があった。アウルカフェと言うなの食堂に併設されたバンガローで、1泊が30リンギット。部屋の広さは四畳半ほどにトイレが付く。ベッドはツインながらシーツもケットもないただの薄汚れたマットレスが剥き出しであるだけ、枕は汚れて黒かった。横なってみると、汗を吸うどころか、ベッドから汗が染み出してくるようで、気持ちが悪かった。
こちらのビーチはロングビーチと比べるとかなり寂れていた。そして、沖合いには作業船のクレーンが見えたりして、あまり見栄えがしない。ビーチもサンゴの欠片だらけで、裸足では歩けない。海に入って泳ぐと珊瑚に膝をぶつけて擦り傷を作ってしまう。なんだか、来なきゃ良かったと後悔してしまった。
部屋の壁はベニヤ板1枚で仕切られ、隣の部屋の話し声まで筒抜けである。そして、私の隣の部屋は関西訛りのある若い日本人女性のグループが入っているようだ。声からして3人入る。ダイビングが目的で来たようだが、勝手に耳に入ってきた話しの話題は、浜辺でのアバンチュールのことであった。ずいぶんと盛んなようだが、まぁこれほど汚いベッドであるから、隣の部屋で何かがあるとは考えられないが、今晩は静かに寝かせて欲しいものだ。
夜、眠れなくさせたのは隣室ではなく、蚊であった。コタバルの宿で蚊がいなかったから、マレーシアでは蚊が少ないモノと考えていたのが間違えだった。辛抱していたが、夜がふけるにつれて蚊の数が増してきた。辛抱耐えきれず部屋から飛び出したのが、午前1時。どこかに蚊取り線香でも売ってないものかと浜辺を歩いたが、当然もうどこの海の家も店じまい済み。虚しく波打ち際を歩くと、浜辺には何組かのカップルがいた。そして、マレー人の若者たちがはしゃいでいた。見れば、昼間ビーチ周辺で客引きをしたり、水着の女性たちをナンパしていたビーチボーイたちであった。「蚊がひどくて眠れないのだが、、」と事情を話すと、タイからは入って来るというチャーンの缶ビールを飲んでいた連中は、同情してくれて、彼らの小屋から蚊取り線香をひと巻持ってきてくれた。連中の中にはタイ語の喋れるのもいて、しばらく連中の輪に入ってタイの話題などを話しこんだ。
朝食
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旅社1階の食堂でトーストとマレー風のコーヒー。ロティと言ってマレー風のクレープが食べた買ったのだが、ロテイと注文したらトーストになってしまった。トーストもロティと言うそうだ。 |
昼食
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船着場の食堂でマレー風ヤキソバのミーゴレン。飲み水はアイルコソンと言うらしい。タダではなく、メニューには料金まで出ているが、昨晩もそうだったが、ここでも水代を請求されなかった。 |
夕食
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アウルカフェにて野菜カレー。カレーはタイのゲーンペットに似ていたが、あまり辛くない。トマトの酸味が強いだけのあっさりした野菜の煮込みであった。これでも6リンギット。ペットボトル入りの水は3リンギット。
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