旧チェンマイ通信のページへようこそ。 (2001年から2004年まで、3年半の記録)

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8月9日 木曜日

トシの今日の英語のレッスンはだそうで、先生と一緒に動物園へ出かけていった。今日は先生のフィアンセも同行する。そして、義姉は昨夕プールから戻りバスルームにいたところ、誰かがカギをあけて部屋に入ろうとしたそうで、それが泥棒だったのではないかと気にして、夜よく眠れなかったそうだ。そして、もうチェンマイは怖いので明日にでもソウルに帰りたいから、飛行機の予約の変更をしてほしいといってくる。
夕べの侵入者が果たして本当に不審者であったのか、それともベッドカバーをはずしにきた部屋係だったのかはわからないが、義姉としては、チェンマイの雰囲気に馴染めていないようだし、 滞在していることにストレスを感じているようなので、まったく不本意ながら、これを理由に帰りたがっている気持ちもなんとなく理解できる。しかし、お母さんとしては、チェンマイでの生活を義姉に楽しんでほしいと思って呼んだのに、まったく逆の結果になってしまい。ものすごく気にしていた。

予約の変更は予約元であるソウルの旅行会社を通じておこなうこととし、明日の朝一番の飛行機で義姉とトシは韓国へ帰ることとなってしまった。そうとはまだ知らないトシは昼を少し回ったところで、先生たちと動物園から戻ってきた。動物園での野外レッスンをトシはずいぶんと楽しんできたようで、とてもよい顔をして戻ってきた。
昼食には先生たちも誘って、ショッピングセンターにあるシズラーへ食べに行く事にする。この先生は野菜類は一切食べず、完全な肉食主義者で、ステーキには塩のみでソースや胡椒すら振りかけないという徹底ぶりである。しかし、シズラーは外国のチェーンのステーキハウスだからであろうか、料理の値段がとても高い。大体一人前の平均が300バーツほどである。お客もやはり外国人が多い。私はポークシュニッツェル(洋風のトンカツ)をいただく。パスタが添えてあったが、茹で過ぎで美味しくない。カツはまずまずの味であったが、どうしても値段が高いのが気になった。

食事を終えて、義姉はトシに「明日帰るのだぞ」と引導を渡した。私はコーヒーを飲むといってショッピングに残る義姉やお母さんたちと別れ、ひとりアパートへ戻り、優泰を幼稚園へ迎えに行き、4時を過ぎても戻ってこない、お母さんをオーキッドホテルまで探しに行き、旅行会社へ立ち寄って、明日からのオーキッドホテルの予約の取り消しを依頼し、今晩やってくるラビット仲間のY氏のホテル宿泊する東京ホテルへまわり、ホテルのスタッフと一緒にY氏夫妻を出迎えにチェンマイ空港へ向かう。まったく今日の午後からとんでもなく忙しくなってしまった。

Y氏たちの飛行機は10分ほど遅れて到着したのだが、なかなか到着ロビーに姿を見せない。ほとんどの乗客たちが、それぞれの迎えの人たちと空港を去っていった後、最後の最後に、手ぶらのY氏たちが出てきた。聞けば荷物がまだ出てこないという。ハテと思って。荷物の照合札を確認したところ、荷物は成田空港からチェンマイ空港まで通しで送られていることになっている。この手続きだと、荷物は国際線側へ回ってしまい、Y氏たちが出てきた国内線側では受け取れないのである。Y氏たちは乗り換えのバンコク空港でタイの入国手続きをしてしまっているようで、荷物の通関をせずにたちのである。大急ぎで国際線の到着ロビーへ回り、ガードマンに事情を話して税関に入れてもらう。果たして荷物は国際線のターンテーブルの上で引き取り手も無く回っていた。全日空のチェックインカウンターのスタッフは熟練されていないので、このようなミスをよくしてしまうようだ。以前にも同様のトラブルがあり、ハテと思ったのである。

ホテルのワゴンでホテルへ向かい、夕食にはトゥクトゥクに乗ってメーピン川沿いの食堂に入る。名前はリバーサイドデリ。ナコンピン橋に近いのだが、静かな環境であったが、西洋音楽のBGMなど流さずに、静かに食事をさせてくれたらば、もう少しムードが出ると思うのだが、、。メニューを見たところ、タイ料理は一通りあるようだが、洋物も出すようで、来店客は少なく、しかもタイ人以外の西洋人だけである。シーフードの和え物(ヤムタレー)、トムヤムクン、鶏とカシューナッツの炒め物、野菜炒めなどを注文。Y氏夫妻はタイ料理の辛さをあまり得意とされていないようで、盛んに「辛い辛い」と連発されていた。ビールはシンハは小瓶しかないとのことで、ずいぶん沢山のビール瓶をあけてしまった。また、Y氏手土産のオールドパーの小瓶も持込み、ソーダ割にしてグビグビとあける。この店のマダムの旦那はバンコクで貿易業を営むスウェーデン人だそうだ。マダムもワインのグラスを持って酒席に加わってきた。結局アパートへ戻ったのは夜12時過ぎになっていた。

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(2015年5月からのブログ)

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