6月4日 火曜日 天気は晴れ 夜になって雷雨
YMCAで英語の勉強。‘Is this your umbrella?’と言う、構文を中心に練習する。先生に何度か発音の注意を受ける。「C」と発音すると、先生には「T」と聞こえるらしい。たぶん、私の「C」の発音は「sii(スィー)」ではなく「shii(シー)」となっていて、そのような音を持たないタイ人の耳には「T」の発音に聞こえてしまうのだろう。まぁ私たち日本人の耳も似たり寄ったりで、母国語にない発音にはみんな多かれ少なかれ苦労をしているはずだ。
午後から病院、郵便局、イミグレーションへ行く。病院で日本の生命保険会社に提出するお母さんの入院手術証明を発行してもらい、それを持って郵便局で投函する。イミグレーションでは、時間のかかっている優泰の滞在延長許可を取りつけるのが今日の目的。
病院での手続きは比較的簡単に終わった。既に発行してもらっており、発行について料金を請求される事もなかった。この手の高級私立病院では、こうした書類の発行手数料はかなり高いのだろうと心配していたのである。保険会社へ送る書類はこれで大体そろった。ひとつ気がかりなのは、お母さんが私の家族であると言う証明として「住民票を同封しろ」とあったことだ。チェンマイに住む我々が住民票を取りつけるのは容易な事ではないし、仮に取りつけたところで、韓国籍のお母さんは住民票などに記載はない。セイゼイ外国人登録くらいなので、住民票の代わりに外国人登録証のコピーを添付することにした。
郵便局では、いつも投函をお願いすると、味気ない自動打ち出しの郵便料金シールを貼ってくれるだけであった。タイでも綺麗な切手は沢山あるし、記念切手の発行も多い。今回は投函窓口に行く前に、記念切手売場へ行ってみた。陳列台には何種類のも記念切手が展示されていた。全部を取り揃えているわけではなさそうだったが、そのうち、恐竜シリーズ、昆虫シリーズ、猫科の猛獣シリーズを購入。恐竜と昆虫は優泰へのプレゼントとする。猫科の猛獣シリーズは保険会社への書類送付で使いきってしまった。
イミグレーションでは、やっと優泰の滞在延長許可を取りつけることができた。これで来年の3月までの滞在が認められた訳だ。パスポート上にスタンプが押してあり、サインがしてあるだけのものだ。まずは優泰の手続きをして、また近いうちに、私とお母さんの21日間の滞在延長手続きをしなくては、、、。タイとビルマの国境紛争はますますエスカレートしてきているようだし、国境の再開は当面望めそうもない。ここに来ての1000バーツは痛いけど仕方なかろう。私は21日間の延長をしたのち、来月中にラオスかマレーシアへでもビザをもらいに出国する事にしよう。
イミグレーションのスタッフたちは青いポロシャツのようなものを着ていた。先週の金曜日は民族衣装であったし、今日はポロシャツ。いったいカーキ色の制服は廃止してしまったのだろうかと、係官に質問すると、毎週火曜日はスポーツデイでスポーツシャツで勤務するのだと言う。カーキ色の制服のような威圧感はないのだが、やっともらえた優泰の滞在許可のアリガタミが薄くなるような気もした。
夕方、タニン市場へ行くと、市場中のテレビがサッカー中継をしていた。ちょうど日本とベルギー戦の最中で、私がキュウリを選んでいる時に、場内に歓声が上がった。見るとベルギーが同点のゴールを決めたところであった。サッカー場には、日本の皇太子殿下ご夫妻とベルギー皇太子殿下ご夫妻がご来臨になられると聞いていたので、同点になって良かったと思う。両殿下はいったいどのような会話をなされた事であろうか。日本とベルギーの皇室の親交に寄与できる結果となって本当に良かった。
朝食
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半身の焼きサバをオカズにご飯を食べる。 |
昼食
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お母さんには味噌ラーメンを作ってやり、私は即席のクオァイチャプと言う米のスイトンのようなものを食べる。 |
夕食
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私は昨夜の残りの鍋を平らげ、お母さんと優泰はレトルトのビーフシチューと野菜サラダを食べさせる。 |
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