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HPご意見メール

5月28日 月曜日

今日は本当に久しぶりに朝3人で体操に出る。といっても2人が早く起きたのは今日も優泰がオネショをしたからである。このところオネショは毎日で、我が家の洗濯代の大半はこのオネショによって占められる。特に、衣類の洗濯代は安いが、タオルケットなどの寝具は大きいので、洗濯代が何倍付けにもなる。かといって家で処理するには大変だし、洗わなければ不衛生だ。

一緒に準備体操まではしたが、2人は久しぶりの運動なので、体が慣れないから走らずに近所を散歩するだけにすると言う。まったく軟弱な事この上ないが、勝手にさせて、こちらは白象バスターミナルからタニン市場を回る長いコースを走る事にする。

一周二十分以上かかるコースを走り終え、アパートへ戻ると、部屋の鍵がかかっていて、締め出される。どうやらまだ2人は散策中かと解釈し、「結構、結構」などと思ってエレベーターホールで待つ事10分弱、漸く凱旋してきた2人にどの辺まで歩いたのかと聞いたところ、すぐ近くでカタツムリがいたから見ていたというではないか、まったく運動に行ったのか自然観察に行ったのか訳がわからない。

朝食には昨日となりの商店からせしめて来たクロワッサンにスライスチーズとタイでは高級食材のカニ(風味)かまぼこを挟んで食べる。私と優泰はこのクロワッサンはバターがたっぷり効いていて、美味しいと感じたが、お母さんには「やっぱりタイのパンで甘い。クロワッサンとは思えない味」とのご意見であった。うーん、そうかもしれない。だとすれば、私の味覚もだいぶタイ化しているのだろう。

朝食後、優泰を幼稚園へ送り、仕事に取り掛かる。週明け月曜日の朝と言う事もあってか、今朝届いたメールは急ぎのものは無いようであった。お母さんは午前中YMCAで英語の勉強に行き、アパートでひとりPCに向かっていると携帯電話に着信あり。先日から買おうかどうしようか迷っていた中古スクーターの売主からであった。これからモーターバイクの修理やへスクーターを持っていくが、行かないかとのことであった。修理屋は鉄道駅の近くにあり、ちょうど私も今日は駅へ汽車の切符(日本から帰国時のバンコク→チェンマイ間の切符)を買いに行こうと思っていたので、この誘いは好都合であった。売主の友人のスクーターの後ろにしがみつき、修理屋へこの修理屋はどうやらイタリア製の古いスクーター専門らしく、店内には修理中の古いスクーターが2台いた。また、壁には古い写真やポスターなどが張ってあり、東京の古いバイク好きの人たちが見たらもう、感激して涙を流しそうな雰囲気だ。また、タイにはクレージーオールドスクータークラブと言うのがあり、昨秋はバンコクで集まってラリーをしたそうだ。

売主が修理屋で店主の手が開くのを待っている間に鉄道駅へ行き、切符を買う。今回は希望通りの切符が手に入った。新型寝台特急ナコンピン号の下段寝台である。どのような寝心地か今から楽しみだ。

切符を買って修理屋に戻ると、売主はまだ店主の手が開くのを待っていた。どうやら時間もかかりそうだし、修理代も分解してみなければわからなそうなので、今日のところは出なおしてもらう事にする。一応私も今は業務をすべき時間であり、業務以外に油を売る事は気が引けるから、、、。

お母さんは、なぜか今日は先生が来なかったし、連絡もつかなかったので早めに帰ってきたとのこと。いったいYMCAの先生がどうしたのであろうか?
私は近くの小屋がけ食堂で作り置きの鶏肉のグリーンカレーをひと袋買ってきて昨日の残りの冷ご飯にかけて食べる。鶏のカレーだが、鶏肉以外にレバーが入っていたが、小屋のおばちゃんに「レバー入れないで」とお願いし、鶏肉少々とナスビをたっぷりにしていただいたが、このタイカレー、タイ語でゲーンキオワーンと言い、和訳すると緑の甘いカレーの意味で、激辛唐辛子も入っているがココナツミルクたっぷりで、大変に甘い。しかし、さらに激辛のピックキーヌー唐辛子(ネズミのうんこ唐辛子の意)入りナンプラーをたっぷりかけて食べるととても魅力的な味となった。

午後、お母さんは同じアパートに住むタイ人女性オイさんの部屋へ呼ばれていき、また私はひとりPCに向かう事になった。お母さんが戻ったのは3時半で4時に優泰を幼稚園へ迎えに行った。幼稚園から戻った優泰をアパートの清掃をしているお姉さんの子供(子供がいるからお姉さんはおかしいかもしれないが、まだ若い女性なのでお姉さんで言いと思っている)と遊ばせる。この子も優泰と同じ5歳の男の子である。

6時近くになり、PCのネット接続を切って、とりあえず本日の業務を終了とする。
中古のスクーターだが、私はこれから日本へ行って1週間ほど留守にするし、修理代もいくらつくか判らないので、今回の商談(?)は流そうと思い、売主の家へ伺うが、本人は6時半にならないと戻らないというので、夕食の惣菜を買って一旦アパートへ退散。夕食のおかずであるパッタイ(タイ式のちょっと甘味のある細麺ヤキソバ)と豚挽き肉のバジル炒めを皿に盛り、優泰とお母さんに先に食べるよう言って、再び売主の家へ。途中のストリートバーの親父が一杯飲んで行けよと声をかけてくるが、バンコク行きのバス出発時刻もあり、今日はとてもお付き合いできない。
売主は、ちょっと残念そうだったが「マイペンライ(大丈夫気にしない)」と言ってくれた。タイ人は心が広いのか、それともタイ語も良くわからない日本人に何を言っても仕方ないと思ったのか、、、。

次ぎに、アパートとなりの商店へ行き、昨日の不足代金の3バーツを支払い、ついでにメコンウイスキーの小瓶を買って、7時に部屋へ戻る。それから急いでシャワーを浴び、出かける支度をし、バッグにPCを放り込み、食事をとり、メコンウイスキーをなめ、7時半にはアパート前の大通りで2人に見送られて赤いピックアップトラックに乗ってアーケードバスターミナルへ向かう。
今日は日中はのんびりしていたが、夕方からずいぶんと慌しくなってしまった。

バスは満席であった。バスターミナル出発時には偶然にも私の席のとなりだけ空席であったが、出発して暫く走ったランプンあたりで女性が一人乗り込み私の隣に座って完全な満席となった。
となりの女性は私のとなりで眠れなかったかもしれないが、私はちょっと疲れていたこともあり、10時には眠ってしまった。
しかし、11時半には夜食とトイレ休憩で起こされてしまった。

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メオダムきまぐれ日記
(2015年5月からのブログ)

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