スタンダードツアー社からバス代などに関する見積を受け取る。ほぼ予想の範囲内の金額であったが、これをもとにホテルや食事、ガイド代などを加えて地上費の見積を作成する。エクセルを使っての計算なので、加えるべき項目の見落としさえなければ実に経費計算は簡単にできる。自分が旅行会社で現役の頃は、電卓片手に単純な演算に明け暮れて、計算をしていたのだが、パソコンのおかげでずいぶんと簡単になったものである。
正午過ぎに若い西洋人が店に来る。そして「12時を過ぎても迎えのバスが来ない」とスタッフに訴えている。私はプレゼンテーション用の企画書を作成しながら聞き耳を立てていると、どうやらラオスのルアンプラバン行きの船をこの店で予約したのだが、船着場のあるチェンコンの町まで送ってくれるはずのバスが指定の時間になっても迎えに来ないと言う。「どうなっているんだ」と質問する西洋人に対して、スタッフは「知らない、私がその理由を知りたい」と反論している。予約を受けて切符を渡しているのがこの店なのだから、その理由を調べ、対応するのが筋と言うものであろうが、「予約はした、でも迎えに来ないのは船会社の責任だ」の一点張りでは、お客も困るであろう。女性経営者が出てきて、「船会社に確認してみろ」とスタッフに指示する。渋々ダイヤルをしてやり取りをしていたが、「予約など受けていない」と突き放されたらしい。自力でも船着場に行くと言う西洋人に船着場のあるチェンコン行きの路線バスは1時10分だとスタッフは伝え、切符の差額は船着場で船会社のスタッフと掛け合ってくれと言う。この旅行会社が販売したチケットを船会社が払い戻しに応じるとは思えないが、それでも西洋人は自力で船着場へ向かうと言う。しかし、現在時刻は1時である。バスターミナルへ向かったところで路線バスに間に合わないだろう。思い余った私は西洋人に声をかけて、バスターミナルへ送るからビートルに一緒に乗るように言う。
バスターミナルへ着いたときはやはり時すでに遅く、チェンコン行きの最終バスが出た5分後であった。しかし、ここでこの西洋人を見放すのは忍びなく、チェンライへの街道をビートルで飛ばして、バスを追いかけることにした。追いつける可能性は判らないが、やるだけやってみようと、ハイウェイを走っていると、前方のサンサイ交差点で信号待ちをしているバスを発見。何とかバスに追いつき、運転手に事情を説明する。しかし運転手は「満席なんだよ」と言う。車内を見ると確かに通路から出入り口のデッキまで人があふれている。ここへ西洋人2人を潜り込ませるのは難しそうも思えたが、2人は乗る気である。「7時間立ちっぱなしになるかもよ」と警告したが、かまわないと言うので、運転手さんに再度嘆願して、なんとか乗せこんでしまう。このトラブルどこに原因があったのかは私には判らないが、責任感の無さは旅行会社にも船会社にもあるように思える。そして、本来ならどこが原因であろうと、対処すべきは如何に善後策をとるかと言うことが大切であるかと言うことを経営者含めて誰も理解していない。このことが本当のトラブルの原因に思える。
レギュラーのラジオ番組を終えてすぐにバスターミナルへ向かう。今晩9時半発のソムバットツアーでバンコクへ向かう。この数日必死にがんばって作成した企画書をバンコク側へ提出するためである。バンコク行きのバスに乗るのは実に久しぶりである。久しぶりすぎてバスの狭いシートで眠れるのか心配になったが、このところの寝不足もあって、途中何度も目を覚ましたものの、簡単に眠りに入ることができた。
朝食
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ご飯と目玉焼き。 |
昼食
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タイ式中国風精進料理(?)、焼きそばと湯葉巻揚げ。 |
夕食
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ご飯と餃子と焼き鮭、サラダ、ワカメスープ。 |