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空飛ぶ空芯菜閉店(前編)
ピサヌロークで一番好きな場所は、たぶん「空飛ぶ空芯菜食堂」だったと思う。
タイ語ではラーン・カオトム・パクブンビンといい、ナーン川沿いナイトマーケットの外れに位置していた。
このように過去形で書いているのは、その食堂が先日廃業してしまったから。

閉店
[もう、椅子やテーブルも片付けられてしまった]

空芯菜を中華鍋から放り投げてキャッチするというパフォーマンスで有名な店で、日本のテレビなどでも過去に何度か紹介されているらしい。
パフォーマンスだけでなく、料理の味も良かったし、料金も手ごろだった。
なので、毎週のようにここへ来てはテラスのテーブルでビールを飲みながら、夕食に利用していた。
自分自身の食事だけでなく、ツアーでも利用することの多い食堂だった。

この食堂に始めてきた日付は、はっきり記憶していないけど、残っている最も古い写真の日付が2018年3月になっている。

2018年3月の写真
[ひょっとしたら初めて来たときの写真かも]

ここでは空芯菜を飛ばすだけではなく、料理を作るときに大きな炎をあげながら手際よく作っていくのも感心させられた。
バンコクやチェンマイなどからバスでやってくる西洋人団体観光客は、ピサヌロークでサムローに乗ってこの食堂で空芯菜キャッチをするのが人気で、毎晩のように西洋人団体客でにぎわっていた。
もっとも、彼らはここで夕食を食べるのではなく、あくまでもアトラクションとして空芯菜キャッチをして、それを試食。
また嵐のようにサムローで走り去っていっていた。
彼ら西洋人団体を運んでくるサムロー引きたちも心得たもので、空芯菜を飛ばす段になるとサムロー引きは即興の楽団になり、太鼓をたたいたりして雰囲気を盛り上げていた。
キャッチする西洋人も頭に派手な色のかつらをかぶり、腰の周りにはビニール製のやはり派手な腰蓑を巻かされていた。
このころが空飛ぶ空芯菜食堂がもっとも活気があったころではないかと思う。

炎の料理人
[背丈よりも高く立ち上る炎]

その年の8月くらいから私はピサヌロークに住み着くようになり、毎週のようにこの空飛ぶ空芯菜食堂に通い始める。
つまり常連ということになる。
そのころよく注文していたのはヤムという酸っぱ辛い料理と、空芯菜炒めにライスが定番であった。
看板メニューの空芯菜だけあって、空芯菜は味付けも食感も抜群に美味しかった。

パクブンファイデーン
[空芯菜炒め]

タイ語でパックブーンファイデーンと言って、もともとは中国料理の一品だったものがタイに定着して、タイ料理みたいになっている料理。
トゥウジアオという発酵させた大豆から作った調味料で味付けしたもので、歯触りがシャリシャリしてご飯にもビールにもよく合う。
値段も一皿40バーツと安かった。

私はネコを連れても何度か食事に来ていた。
ネコは私が食事中に、一緒に食事をするわけでもなく、紐でつながられ、テーブルの周りをウロウロするだけであったけれど、残念ながらその時のネコを撮った写真がない。
それと、ここで私はいつもビールを飲むので、ネコを連れて車を運転してくるのは、ちょっとはばかられて、ネコは常連にはなれなかった。

食堂のネコ
[野良猫?]

うちのネコはほとんど来ることがなかったけれども、この食堂周辺に住み着いているネコがいた。
三毛猫でなかなかの美ネコ。
何軒か並んだ食堂を徘徊しては、気の良いお客さんからおすそ分けをもらったりしているらしい。
ナーン川沿いということもあり、ここ空飛ぶ空芯菜食堂も、並びの食堂も、淡水魚の料理を売りにしている。
ここでの淡水魚とは、ナマズ、ライギョ、プラーニンやプラータプティムと呼ばれるティラピアなどである。
残念ながら、私はだいたい一人で来ているので、この手の大きな魚き食べきれないし、値段も張るので注文していない。

三毛猫

しかし、こうして足元にネコがやってきても、私の注文する料理には、ネコが食べたがるようなものは少しも含まれていない。
ネコも「こりゃダメだ」と判断すると、さっさと次のテーブルへ愛想を振りまきに行ってしまう。

私は魚を注文しないし、肉類もほとんど注文しない。
肉は鶏肉を少し程度。
そのため、食堂側も気をつかって私専用のメニューを作ってくれた。

ヤムタクライ
[特性ヤムタクライ]

この料理は、ヤムタクライといって、レモングラスのヤム。
本来、刻んだレモングラスやハーブ類と一緒に豚ひき肉を入れるのが一般的なのだけれど、私のために挽肉の代わりとして揚げ出汁豆腐風に豆腐に小麦粉をまぶして揚げたもので作ってくれる。
この揚げ出汁豆腐風がヤムの汁を吸って、それがまた美味しかった。

他にも、秋になると華僑の風習でギンジェー週間というのがあり、これは菜食週間のようなもので、この時期になるとチャプチャイという野菜を煮込んだスープが特別メニューに加わる。
塩味のスープで、味はしっかりしており、ビールを飲んだ後のシメにぴったりの料理だった。

チャプチャイ
[華僑風の野菜煮込みスープ]

他にも、私がよく好んで注文したものに、ナマズのヤムであるヤムプラドックフーや空心菜を天ぷらにしたもので作ったヤム、ヤムパクブーントートクロープなどがある。
ヤムパクブーントートクロープはいわば空芯菜のヤムなのだけれど、私が初めてこの料理を食べたのは、チェンマイのレモンツリーで。
レモンツリーでは、空芯菜天ぷらに空芯菜だけではなく、カイダーオと呼ばれる一種の目玉焼きを混ぜ込んであり、合わせる方のヤムのタレにもエビやイカなどが入っている豪華版。
これが私の好物。
これと同じように、空芯菜天ぷらにカイダーオを和えてほしいと食堂のシェフに頼んだのだけれど、「そんなのはないよ」と断られたこともある。
エビやイカを入れるのは追加料金でOK。

空芯菜のヤム
[ヤムパクブーントートクロープ]

ヤムプラドックフーの適当な写真が残っておらず、残念なのだけれど、この料理はナマズをフレーク状にしたものを油で揚げ、それをヤムのタレで和えるのだけれど、ナマズと言われなければ、何の料理かほからないような変わった料理。
悪い言い方をすれば、天かすのヤムみたいな感じだけど、この天かすみたいなのがやはりヤムの汁を吸ってておいしい。
この料理を始めて食べたのは、今から30年以上前、当時のバンコクにヤオハンがあったころ、ジャスコの隣あったタムナックタイという巨大レストラン。
ここは現在のロイヤルドラゴンの原型みたいな感じで、ウェイターがローラースケート履いて料理を運んでいた。

川に面しているし、日没の頃に川風に吹かれながら旨い料理をつまみながらビールを飲むのは、至福の時間で、ピサヌロークと言う土地で日々繰り返される頭の痛くなるような事柄を忘れさせてくれた。

黄昏
[テラスから眺めた黄昏]

2020年、コロナが発生して、西洋人団体観光客が来なくなった。
2月、私のネコが死んでしまった。
しばらくは、私もふさぎ込んでしまい、空飛ぶ空芯菜食堂で開放感を感じるのに罪悪感を感じて、しばらく立ち寄らなくなった。
しかし、それからちょうど1か月、ここにもネコと一緒に来たことを思い出し、思い出を手繰るように、ネコの遺影をテーブルに立てて食事をした。

ネコの遺影と
[ネコの遺影を前に空芯菜のヤムでビールを飲む]

そのコロナもますます深刻となり、タイ国内での感染も増えてきて、とうとうタイ政府の命令で外食が禁止されてしまった。
空芯菜食堂も休業せざるを得なくなってしまう。
ピサヌローク市内の他の食堂は料理のデリバリーサービスなどで営業を続けていたけれど、ここはデリバリー向きの食堂でもなく、結局5月まで店を閉じていた。

2020年5月に制限付きながら営業再開。
ソーシャルディスタンスということで、テーブル囲んで大皿の料理を大人数で突きあうことは禁止されて、食堂では個人向けの新メニューも開発して売り出した。

個人向けメニュー
[個人用セットメニュー]

私もその初日にこのメニューを試食してみた。
私のようなひとり者には適当なボリュームで何品も賞味できるし、盛り付けもきれいで良さそうなのだけれど、作る側からするとチマチマと少量ずつ何品も作るのは手間がかかるから、まとめて作って、その作り置きをお膳に盛り付けるだけにしてしまったようで、せっかくの料理なのに冷めてしまっている。
タイの人は猫舌が多くて、熱い料理にこだわらない人も多いようだけれど、でもやはりこのスタイルは定着しなかった。

新メニュー試食
[こんな写真に写るなら半ズボンなど履くんじゃなかった]

【後編へつづく】


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空飛ぶ空芯菜閉店(後編)
【前編よりつづく】

ナーン川沿いのマイトマーケットはずれには、空飛ぶ空芯菜食堂以外にも、夜食を食べさせる食堂が数軒連なっている。
出すメニューもどこもだいたい同じで、これといった特徴はないけれど、空芯菜が飛ぶのはこの一軒だけであった。
そのため、西洋人団体観光客も立ち寄ってお祭り騒ぎをしていったのであるけれど、タイがコロナで鎖国状態になったため、むしろそれが仇となってしまったようだ。

空飛ぶ空芯菜食堂は、テーブル数が多い。
しかし、厨房で包丁と中華鍋を振るうのはシェフ一人だけ。
団体客に空芯菜を投げているだけなら特に問題もなかったけれど、地元タイ人の家族連れがテーブルごとに好き勝手な注文をし始めると、厨房は手が回らない。
注文した料理が一時間近く待っても出てこないなんてこともある。
地元客相手に商売しなくてはならないのに、それではお客さんが定着しない。
それに、景気もとても悪くなってきていて、地元の人たちは外食そのものをしなくなってきた。

ピンさん
[ピンさん]

この写真の女性の名前はピンさんと言って、空芯菜食堂でウエイトレスのようなことをしていた。
とても気が利く女性で、こちらの注文を的確に厨房へ伝えてくれるし、料理が出てくるのが遅いと感じたら、厨房へ催促に走ってくた。
ピンさんは空芯菜食堂に雇われているわけではないようだった。
彼女は、空芯菜食堂の中でビールなどの飲み物を扱っている。
その飲み物の売り上げからの利益が彼女の取り分らしい。
もっとも、コンビニで55バーツほどのビールを70バーツで売っているのだから、大した利益にはならないだろう。
しかし、飲物の注文だけでなく、先に書いたように料理の注文取りから、会計、食後のテーブルの片づけまでよく働いていた。
それもやはり西洋人団体客があればこそである。
彼らはビールをよく飲んでいた。
それに引き換え、タイ人の家族連れはビールをほとんど飲まない。
ちょっと呑み助の人は、ウイスキーやタイ製のブランデーなどを持ち込んで飲んでいる。

ピンさんも、結局は食べていけなくなってしまい空芯菜食堂を辞めてしまいました。
そのあと、ウエイトレスのようなことができるスタッフがいなくなったので、急遽採用したようなんだけれど、今一つ動きが悪く、短期間で何人か入れ替わったりしていた。
女性オーナーとその息子が注文取りなど慣れない業務をしながら、なんとかやりくりしていたようなのだけれど、そのうちに女性オーナーは息子を連れてイギリスへ行ったきりになってしまった。
どのような事情でイギリスへ行ったのかわからないけど、店の方は厨房で料理を作るシェフと、注文を取って料理を運ぶ動きの良くないウエイトレス、そして洗い場の婆さんだけとなっていた。

とにかく、コロナでお客さんがさっぱり来ないわけだから、これでも店を回せてしまう。
回せると言っても、経営が成り立つという意味ではないけれど、なんとかシェフを中心にやりくりをしていたようだ。

このシェフは料理をする時に、炎を何メートルにも巻き上げたりするパフォーマンスもさることながら、料理が上手かった。
手抜きをしないで、調理をする。
旨い料理は色々とあったけれど、今考えて、もう一度食べたいと思うのはカーオパット・ガイという鶏肉の入ったチャーハン。

カーオパット・ガイ
[ここのカーオパット・ガイは旨い]

ふつうカーオパット・ガイと言ったらば、チャーハンと一緒に鶏肉も炒めるものなのだけれど、ここのは違う。
チャーハンには玉子と刻んだワケギくらいだけでシンプル。
そのチャーハンの上に鶏天ぷら風の揚げた鶏肉がのっかっている。
氷を入れた冷水で小麦粉を鶏肉にまぶして油で揚げるので、フライドチキンなんかよりもカラッと軽く揚がっている。
鶏肉には軽くナンプラーで味付けしてあるようなのだけれど、私はここのチャーハンの上にのっかっている鶏の揚物を、プリック・ナンプラーという唐辛子入りのナンプラーにちょっと浸して食べるのが好きだった。
ビールと一緒に食べると、ふだん肉を食べないのだけれど、こればかりはベジタリアン返上も致し方なしとなってしまう。

また、チャーハン自体も、例の炎で一気に炒めてくれるので、べとつかずパラリと仕上がっている。
出来立ての熱々のチャーハンが美味いのは当たり前だけれど、私はビールを飲み終わってからチャーハンを食べ始めるので、チャーハンはもう冷めかかった状態になっている。
しかし、米粒は団子にならず、一粒一粒がパラパラの状態で、スプーンを入れるとパラパラと崩れている感じを維持している。

チャーハンを炒める

[飛ぶのは空芯菜だけでなく、チャーハンは中華鍋から跳ね上げながら調理される]

シェフがチャーハンを作っている姿もカッコよかった。
中華鍋を振るって、米や卵をかき回し、抵当な塩梅で中華鍋の回転運動は、上下運動に変わって、チャーハンを中華鍋から跳ね上げる。
跳ね上がった製作途上のチャーハンをコンロからのガスの火が包んだかと思うと、また中華鍋の中にパラパラと落ちて、おおきな金属製のお玉でかき混ぜられ、また跳ね上げる。
調味料も大きなお玉で、手際よく掬い取られて、中華鍋に放り込まれる。
白い調味料を少し入れたので、化学調味料かと質問したら、砂糖だという。
このほんの少しの砂糖が隠し味なのだそうだ。
最後は、高く跳ね上げたチャーハンをお玉でキャッチしてそのまま皿に盛ってくれる。

チャーハン
[チャーハンに添えられているのはワケギとキュウリ、これにマナオを絞って食べると旨い]

他にも、シェフに教えてもらったものがある。
タイの料理法にヤムと言うのがあり、唐辛子にナンプラーそしてライムのようなマナオの絞り汁で味付けしたものを、ハーブやタイ野菜などと和えたもので、それに春雨を入れればヤム・ウンセンとなる。
私もタイの味の素で作っているロット・ディーという粉末ヤムの素を使ってヤムウンセン程度ならば自分でも作れるのだけれど、トゥア・プルーという四角マメを使ったヤムを自作して失敗した。
空飛ぶ空芯菜食堂で何度も食べて、気に入っていたので、市場でトゥア・プルーを見つけて、挑戦したのだけれど、店のヤムはちょっとこってりしてて美味しいのに、自分で作ったのはサラサラし過ぎで、しかもトゥア・プルーの青臭さが気になってしまう。

トゥア・プルー
[ヤム・トゥア・プルー、豆の切り口が資格になるので四角マメと呼ばれる]

シェフによれば、ナッツを砕いたものを入れることと、ヤムの汁にはココナツミルクをたっぷり入れるのだそうだ。
そして、ゆで卵を添えると、ゆで卵が良い働きをしてくれるのだとか。

さっそく、自分でも教えられたとおりに実践してみたら、前回の失敗作とはまるで違った、まずまず食べれるものができた。
でも、やっぱり店で作ってもらったヤム・トゥア・プルーの方が断然美味しい。

メニュー
[料理のメニュー 英語で書かれたメニューもちゃんとある]

2021年のソンクラーン前、ずっとイギリスへ行ったままであった女性オーナーが戻ってきた。
オーナーも閑古鳥の鳴いている現状を何とかしようと、幟を新調したり、厨房のレイアウトを変更したり、色々と工夫を始めたのだけれど、折あしくタイはコロナ第三波に見舞われてしまう。
飲食店でのアルコール飲料提供禁止など、夜食専門の空芯菜食堂としては痛い規制が次々と発せられてしまう。
お客が一人も入らないような夜も随分とあった。

6月の中旬も過ぎたころ、ピサヌロークはコロナ感染者ももとんど発生せず、飲食店でのアルコール提供ができるようになった。
私もさっそく6月25日金曜日、仕事帰りに立ち寄った。

6月25日のメニュー

[6月25日のメニュー]

注文したのは、空芯菜天ぷらのヤム(ヤム・パックブーン・トートクロープ)と鶏肉のチャーハン(カーオパット・ガイ)の2品にチャーンビール。
私にとってまさしく黄金メニュー。
アルコール解禁後初の週末ということで、久しぶりにお客さんの入りが良いようで、注文した料理が出てくるまでに30分くらい待たされた。
待っている間も、グラスに氷を入れたビールを飲みながら川風に当たって、リラックスできる。
そう、リラックスって解放感って意味なんだな、でも今の感じは「開放感」かななどと思ったりする。
これでまた、少しずつ良くなっていくのかなと期待も持った。
タイ政府は7月からプーケットを外国人観光客に開放し、順次タイ国内の観光地を中心に外国人の受け入れを始めて、10月にはタイ全国を開放すると宣言していた。

全景
[通り側から眺めた空芯菜食堂]

しかし、この日の夕食が空飛ぶ空芯菜食堂での最後の食事となってしまった。
7月に入って、仕事帰りに店の前を通ると、店に明かりが点いていない。
臨時休業かと思った。
私はまた川風に当たりながらビールを飲もうと思っていたのだけれど、休みなら仕方ないかと思った。
しかし、よく見ると店の中に女性オーナーとシェフがいるのが見えた。
そして、オーナーの息子が出てきた。
「もう閉めたよ」という。
まだ時刻は7時で、閉店時刻には早すぎるので、いぶかしく思った。
「じゃ、また明日来るよ」と自転車のペダルに力を入れようとしたら
「もうやめたんだよ」という。

オーナーやシェフにもっと詳しく話を聞こうと思ったのだけれど、奥で話し込んでいるので遠慮した。
私は知らなかったのだけれど、ピサヌローク県知事は7月1日アルコール飲料販売禁止条例を発令していた。

酒販売禁止
[雑貨屋の冷蔵庫にも酒類販売禁止の張り紙]

数日後、空芯菜食堂でシェフが片付けものをしていたので、話を聞く機会があった。
「もう限界なんだよ」
「家賃や電気代にもならない」
「政府は締め付けるばかりで、なんにも救済してくれない」
シェフがこんな弱音を吐くのは初めて。
しかし、確かにそうだと思う。
タイの国の中には、この食堂と同じようなところがどれほどあることだろう。
いま、ピサヌロークの街を歩いてもシャッター通り。
シャッターには「売ります」の張り紙。
シャッターだけではなく、いままで道路に路上駐車していた車のリアウインドウにも「至急売りたし」の張り紙。

空芯菜キャッチ台

[空芯菜キャッチ台]

これは空芯菜キャッチ台。
この台から7~8メートルほど離れた厨房前からシェフは中華鍋を振るって空芯菜を投げる。
その空芯菜を高さ2メートル以上もあるこの台の上でキャッチするのである。
台の前に貼られた写真。
この写真のモデルは私の働く会社のスタッフ。
どこで手に入れたのか、無断で広告に使っていたが、ご愛敬程度に受け流していた。
これも一年前、コロナ第一波が終わった時、女性オーナーが心機一転しようと、張ったもの。
いまはもうこの台の上に立つ人もいない。
いや、この写真を掲載した後、この台の上に立った人はいったい何人いたことだろう。
あれほど賑わっていた西洋人団体観光客はもうずっと来ていないのだから。
モデルとなった社員もいまは退職して移籍していない。

台の上
[キャッチ台の上]

キャッチ台の上に登ってみる。
向かい側に厨房があり、シェフは後ろ向きに空芯菜を放り投げる。
以前は、キャッチに失敗した空芯菜が台のあちこちに干からびてくっ付いていたものだけれど、もう空芯菜はどこにも見当たらない。
サムロー引きの楽団の奏でる調子っぱずれのメロディーももう聞こえてくることもない。

店内
[厨房からテラスまでテーブルが並んでいた場所]

川沿いのテラス席は、人気があってすぐに埋まってしまうことが多かった。
そうすると、厨房からテラスに向かう部分にあったテーブルに着くことも多かった。
テーブルは古い足踏み式シンガーミシンの台を再利用したもので、足元に踏板やはずみ車があった。
もう、テーブルは全て片付けられてしまっている。

テーブルの横の手すりには、ニワトリの形をした鉢植えケースが置かれていた。

ニワトリの手すり
[ネコが顔を出してた]

この手すりの先は、茂みになっており、日没頃になるとたくさんのツバメが飛び交っていた。
テーブルも椅子もすっかり取り払われてしまった食堂内で、手すりに括りつけられたニワトリの形をした鉢植えケースだけが、残されていた。
木製ケースの中の鉢植えの中には、小さなポトスが黄緑色の葉っぱを広げ、ツルを伸ばそうとしていた。
シェフは今後ピサヌロークの町はずれにある大きなホームセンターの店員として働くことにしたそうだ。

ポトス

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フィルムカメラ
以前にも書いたけれど、妻が持っていたフィルム式一眼レフカメラが故障して、シャッターが切れなくなっていた。
その修理のためにバンコクのメガプラザというところまで持ち込んで部品交換を受けた。

[カメラを修理]のブログ

中古からの再生品だけどレンズも交換して、ファインダー越しに見ても被写体がだいぶスッキリしているのがわかる。
ネコが生きていたら、シャッター第一号のモデルになってほしかった。
結局、一枚目はネコの祭壇を被写体に選んだ。

ネコの祭壇
[部屋の壁にネコの遺影とネコの御膳]

最初のシャッターはフィルムを十分に巻いてから押さなかったため、端の方が感光してしまっている。


続いてカメラを向けたのは、部屋から見えるワット・チャン・タワントク。
ネコはここの焼き場で火葬してもらった。

ワットチャンタワントク
[金色に輝くお堂は写真映えがする]

フィルムは数年前に日本で買っておいた27枚撮りで、ずっと冷蔵庫の中に保管してきていた。
タイでもまだフィルムを売っていたりするけれど、値段も高いし、それに高温なので保管状態も気になる。

フィルムカメラは、シャッターを押しても、それがどんな感じに写っているのかわからない。
しかも、フィルムも現像もプリントもお金がかかる。
プロのカメラマンなら、自分が押したシャッターの写真の出来具合など、想像が付くのだろうけれど、
私にはさっぱりイメージがつかめない。
小さなファインダーから覗いて、ピントを合わせるのだって大変な作業。
もともと目が悪いこともあって、くっきり見えない。

露光やシャッタースピードも本来ならきちんと設定すべきところだけれど、このキヤノンAE-1というカメラは、
当時最先端のプログラムを内蔵してて、自動設定してくれるらしい。
いまなら当然のことなのだろうけど、当時は画期的だったらしい。
しかしまだピント合わせを自動化するオートフォーカス機能は開発されていなかった頃のモデルである。

ということで、根がケチなこともあり、シャッター一枚一枚にも本気になる。
本気になっても、技量が伴っていないのだからどうしようもないけれど、スマホと違って、「ここは」と思うところ以外では、カメラを向けない。
しかも、カメラも重いので、そうそう持ち歩いたりしない。
だからますますシャッターを押す機会が減って、フィルムのマス目が進まない。

火焔樹
[ナーン川沿いの火焔樹の木]

雨期入り宣言直後は、まだ暑期の盛りで、強烈な日差しに火焔樹のオレンジが映えている。
ここでシャッターを押して、そのままスマホでも写真を撮ってみる。

スマホでの火焔樹
[スマホで撮影した同じ火焔樹]

スマホにはさまざまなプログラムが入っていて、ピントだけではなく、色の補正とか、手ぶれ補正とか、全部やってくれてるから、構図さえ決めれば、素人でもプロの技術が使えてしまうのだろう。

雨の降る中、ダンサイ村のピーターコン祭りでも、コロナでなかなか現れてくれないピーを被写体にしてシャッターを切った。

ピーターコン祭り
[ピーターコン祭りで登場したハリボテのオバケ]

動きのある被写体を狙うのは、とても難しい。
ピントを合わせているうちに被写体はどこかへ行ってしまう。
その点では風景を映すのは、ちゃんと構えることができる。

朝焼け
[バンコクのアパートから見えた朝焼け]

バンコクへ戻っていた時、朝目が覚めたら、ちょっと怖いくらいの朝焼けが見えたので、シャッターを切ってみる。
雨期入りして、空に雲が多くなっていて、その雲が朝日に反射してエビ茶色に光っている。

そんなこんなで、ようやく27枚撮りフィルムを約二か月かがかりで撮り切ったのが7月4日。
翌5日の午後にフィルムを現像に出す。

以前、ピサヌロークではフィルムの現像はできないからバンコクへ持って行くしかないと写真屋に言われたことがあったが、今回レンズの修理をしてくれた修理屋によると、ピサヌロークでも現像が可能とのことで、市内の写真屋を訪ねてみたけれど、どこもフィルムを売っている店はあっても、現像はやっていないという。
いったい、フィルムを買った人が現像する時はどうするのだろう。
それにショーケースに入ったフィルムのパッケージも色あせているから、いったい何年前のモノかもわからない。

もういちど修理屋へ行って、現像できる店を教えてもらう。
修理屋は地図まで描いて説明してくれた。

フイルムを現像できる店はPhoto Plusという店舗で、鉄道線路を越えた先にあった。
店内は写真屋といったイメージではなかったけれど、フィルムを専門にやっているという。
店の奥の方に、むかしタイの写真屋でよく見かけた同時プリントの巨大な機械が置かれている。
これが現役かどうかわからないけれど、店の女性に「DPEで」と言ったけれど通じなかった。
タイ語で同時プリントを何というのかわからない。

料金は現像が150バーツだけど、いまはフェースブックのシェアキャンペーンで100バーツとのこと。
プリントは一枚3バーツらしい。
夕方5時ごろに現像が完了するので、それから焼き付ける写真を選べと言う。

こちらとしては、同時プリントの発想なので、出来の良し悪しに関係なく、全部プリントしてほしいのだけれど、その辺の意思疎通ができない。
27枚撮りでも、実際に何枚の写真かは現像してみないとわからないという。
どうやら、料金は前払いらしく、何枚プリントするか分からないから、金額が確定できないと言っているらしい。

現像が終わったら通信アプリのLineで知らせるというので、ひとまず引き上げる。
焼き付ける写真が決まったら、プリントには1時間とかからないという。

そして、6時少し前にLineでメッセージが届いた。
なんと、ただ現像してくれただけではなく、デジタル処理した画像データまでダウンロードできるようになっている。
なるほど、そういえば店のスタッフは、「現像の終わったネガフィルムは必要か?」と質問してきた。
「ネガが必要なら1週間以内に取りに来ないと処分してしまいます」とも付け加えられた。
写真を現像に出して、ネガが不要なわけないのに、なんでこんな当たり前の質問をするのだろうと思っていたけれど、
どうやらデジタル化してフィルムは不要と言う人も多いのだろう。
時代は変わったものだ。

ラインで届いた画像
[画像を選んでダウンロードすることもできる]

あらためてすべて写真に焼いてもらうように伝えて、店に受け取りに行く。

写真の出来具合だけれど、このブログに貼り付けている通りで、下手な写真ばかりである。
でも、プリントされた写真の感じから、なんとなく印画紙に焼き付けプリントしたものではなく、デジタル処理したものをプリンターで印刷したみたいだった。
色合いも、デジタルで補正されたような印象がある。

またいつか機会があれば、バンコクにでもネガを持って行って、ちゃんと印画紙に焼き付けてもらってみようと思う。

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| 日常 | 11:03 AM | comments (0) | trackback (0) |
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